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『その時』はふいにやってきた。じいちゃんの家に行った、夏の夜。
「おれの部屋に飛び込んできたんだあ。カブトムシは時々来るが、クワガタは近ごろじゃ珍しいなあ」
そういいながら、じいちゃんはアキラの手のひらに親指ほどのクワガタをのせてくれた。
初めて会う、クワガタ。
ゆめに出てきたのとそっくりの、ぎざぎざのある二本のおおあご、平べったい黒い背中。そっとさわると、なめらかにふくらんでいる。
つややかに光る背中の下には、かなしさやかしこさや、大切なものがたくさん、きゅううっとつまっている気がした。
やさしく背中をなでると、クワガタはひとしきりだまりこみ、それから急に飛び立った。
ぶおうううん!
大きな羽音に、アキラはびっくりして尻もちをついた。
それは思ってもみなかった、重く、たくましい羽音だった。
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