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4 焦げて苦いこころ @佐藤 千歳
「何……で?」
呆然とそう呟く。
何で紫央がバイトを辞めると言ったのか、何で別れを告げたのか。
あれは普通の別れの挨拶なんかじゃないって事は分かった。
それは分かったけどどうしてそうなったのか、どうすればいいのかが分からなくてその場に崩れ落ちそうになる。
いつもいつも俺の事だけを見つめていた真っ黒な瞳は俺を見ない。
傍にいられなかった時も紫央の瞳の色のピアスを身に着けて、いつも一緒に在り続けた真っ黒な瞳。これがあったから俺は本物が傍にいなくても耐えられた。
だけどもう偽物なんかじゃ我慢できない――。
「紫央、紫央、紫央……」
名前を呼ぶ事しかできなくて、耳に刺さったままのピアスを乱暴に引きちぎろうとしてルイがそっとその手を止めた。
「チト、もしかしてわたしとシオに餅焼いた?」
焼きもち……。確かにふたりを見るといつもイライラとしていた。自分は紫央に答える勇気もないくせに、自分じゃない誰かが紫央の傍にいる事が許せなかった。
ルイはどんな時も笑いに変えてくれたから同じようにあたっていたとしても紫央にだけきつい態度をとっているように見えたかもしれない。
ルイは俺にとってつらかった時支えになってくれた大切な友人だ。いつもいつも俺が語る紫央の話を嫌な顔ひとつせずに聞いてくれた。励ましてくれた。
今回だって店がはやらずピンチだと少し愚痴っただけで、遠くから手伝いに来てくれた。
ルイは誰にでも気安く人懐っこくていいヤツだ。だから紫央と仲良くしようとするのも普通の事だった。特別な意味なんて少しもないと分かっていたのに。
なのに嫉妬して――。
「チト、わたしはチトが好きデス。愛シテマス。だからホントはシオ追いかけて欲しいナイ。でも、好き、だからサヨナラです。シオと同じ」
紫央と同じ……? 好きだからさようなら……。
ルイの言葉にはっとする。
紫央の気持ちはあの告白から少しも変わっていなかったとしたら?
俺の態度でルイを好きだと勘違いしたとしたら?
だからさようならしたんだとしたら?
だとしたら――――。
「ルイ! ごめん! ありがとう!!」
「ドウイタシマシテ」
「ふっC'est correct!」
俺たちは笑い合って、そして別れた。
ルイの告白を無かった事にしようとは思わないけど、ルイはきっとこうなる事を望んで告白してくれたのだと思う。
俺たちは恋人にはなれないけど、一番の親友だ。それが俺とルイの正解。
今度は俺と紫央の正解を見つけに走り出した。
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