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5 砂糖菓子よりも甘いあなた
あれから俺ははっきり言って使い物にならないくらい呆けていた。
半身を完全に失ったのだから当然だろう。立ち直るにはどれだけかかるか分からない。もしかしたら一生立ち直る事なんてできないのかもしれない。
それでも俺はこのままではいけないと思っていたから、二日後には大学にもきちんと通って勉強も頑張っていた。きっと誰も俺が普段と違うなんて気づかない。千歳くんが傍にいなかった7年間。俺の心は満たされない想いを抱えていた。
5年は『約束』があったけど、それだって確実な物じゃなかったし千歳くん本人は傍にいなかったわけだから満たされるはずはなかった。だから今の俺はその頃とそんなに変わりはないという事だ。少しの『希望』もない分もっと悪い状態ではあるけれど。それでも周りが気付かないくらいには普通のフリがうまくなっていた。
構内のベンチに座り空を見上げるとキーンと音を立てて飛んでいく飛行機が見えた。あの日見送った飛行機――。
俺もあれに乗ってどこか遠くに行ってしまおうか――。千歳くんがいないどこかへ――。
そんな事を考えていると甘い匂いと人の気配がして、目の前に立っていたのはこないだ手作りクッキーをくれた子だった。
頬をピンク色に染め、震える手には綺麗にラッピングされた包みがあった。
今度はただくれるのではなく、告白をするつもりのようだ。
結局はこうなってしまった。
あの日の自分を見ているようでやるせない。
いつもなら『断る』以外に選択肢はないけど、今の俺は少しだけ迷っていた。
千歳くんを失うという大きな痛みを知った俺がこの子にも同じ痛みを――? と、躊躇ってしまったのだ。
好きという感情をこの子に対して抱く事はないと思う。だけど、失恋の痛みを知り、この子の想いを受け止める事ならできるのかもしれない。
それはこの子にとっていい事? 悪い事?
何が正解なのか、そもそもそんな事を考える事自体間違っているのかもしれない。だけど辛くて寂しくて――――、結局は自分の為に目の前の『甘さ』に縋ろうとしていた。
甘いあまい砂糖菓子より甘い千歳くん。どれ程の『甘さ』があればこの痛みがなくなるのか――――。
ふらりと立ち上がりその子を見つめる。その子が持つ甘い匂いのする包みに手を伸ばそうとして――。
「紫央っ!」
その声で、夢から覚めたように意識が弾けた。
愛しい人の声が聞こえた。目の前のお菓子より甘い千歳くんの声。
その味を思い出し、知らずごくりと喉が鳴った。
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