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千歳くんは俺の7つ年上で家はお隣さん。そしてここ『Patisserie Chez Sato』焼き菓子専門店のオーナー兼パティシエだ。
俺が11歳で千歳くんが18歳の時、千歳くんが突然パティシエになりたいって言いだして急に進路を製菓専門学校に変えた時は、俺も千歳くんのおじさんもおばさんも驚かされた。しかも家からは通えないからって小学生の俺が簡単には行けないような遠くでひとり暮らしまで始めて、まったく会えなくなってしまったのだ。
それでも1年も我慢したら卒業してまたすぐ毎日会えるようになるって思ってた。だってそう聞いていたから。
だけど千歳くんは学校を卒業したらすぐにフランスに留学して、その時も俺はただ見送る事しかできなかった。
留学中、千歳くんはおじさんやおばさんには時々連絡していたけど、俺には1通のメールすらなかった。
俺から連絡する事は千歳くんの邪魔になるからって親に止められていたからできなくて、千歳くんのおじさんとおばさんから向うでの千歳くんの様子を聞く事しかできなかった。
まぁ普通幼馴染だったらその辺が限界だよな。千歳くんの方に連絡する気があったら別なんだろうけど……。
そして1年経ってやっと帰って来たと思ったら、またすぐに他県の有名洋菓子店に修行に行って……5年修行してこの店を開いたんだ。
それがほんの半年程前の事で、俺は少しでも千歳くんの傍にいたくて千歳くんのお店でバイトさせて欲しいってお願いしたんだ。そしたら見事に断られて。
実家を改造して土地代がかからなかったとしても結構な出費だったらしく、バイト代を払う余裕もないし最初のうちはおばさんに手伝ってもらおうと思っていたらしい。だからバイトは要らない。
そんな風に言われてしまえば引き下がるべきなんだろうけど無給でもいいから働かせてって泣いて頼んだら、俺の熱意にうたれたおばさんの口添えでしぶしぶながら働く事を許してくれた。
まぁそうは言っても実際は相場より少ないけどちゃんとバイト代は貰っている。その辺は昔から千歳くんはきっちりしている。
だから俺はあの事の意味を図りかねている……。
バイト代の事は本当に無給でも俺はいいけど千歳くんは「バイトするなら少なくてもバイト代は払う」って譲らないし、このお金は貯めて千歳くんにプレゼントを買う事にしてありがたくいただく事にした。
やっぱり好きな人へのプレゼントは親から貰ったお小遣いじゃなくて、自分で働いて貰ったお金がいいと思うし。
そのお金の出所が千歳くんだっていうのはこの際目を瞑る事にする。
「遅くなるからさっさと帰りなさい」と言った後、レジを締めたりと黙々と片づけをしている千歳くんの横顔をお店のドアノブに手をかけたまま盗み見る。
年のわりに俺と同い年くらいに見えてしまう可愛い千歳くん。左目の下にふたつ並んだ黒子もチャーミングだ。いつの間にか耳にあったふたつのピアス。少しだけ長い髪を後ろで一本に結んで黙々と仕事をする様は恰好いい。
可愛いのに恰好いい。俺の好きな人――。
はぁ……。
千歳くんが留学から戻ってすぐに俺は思い切って告白して、はっきりとした返事を貰えないまま5年が過ぎていた。
きっちりしている千歳くんがそうする意味は――?
それが俺が意味を図りかねている事だった。
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