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 じゃあもう一度俺から告白すればいいのでは? と思うかもしれない。俺だってそうしたいのはやまやまだけど、現状がそれを許さないのだ。  【Patisserie Chez Sato】ではショートケーキのような物は置いていない。マカロンやクッキー、フィナンシェなどの焼き菓子だけだ。  この辺は小中高、大学があり立地的には条件はいい。だけどどちらかといえば華やかで可愛いケーキの方が好まれるようで、味は絶対に美味しいのに若い女の子にはいまいちのようだった。  最初の頃は俺と同じ大学の子(女の子)が来てたけど今では出禁にしている。  ひっきりなしにやって来ていた女の子たち。毎日見かける顔もあって、そういう子は決まって箱買いしていて、食べきれるのか心配になった。  それで声をかけてみたんだ。「毎日買ってくれてありがとう。うちのお菓子よっぽど気に入ってくれたんだね。でも、大丈夫?」って。  そしたら「うん。大丈夫。他の子に売ってるからお金の心配はないのよ。紫央くんが心配してくれるならもっと買っちゃおうかな」って言われたんだ。  俺は『食べられる? 大丈夫?』って意味で聞いたのに、『お金の心配はいらない。売っている』という答え。  そりゃあお金の事も気になってたけど買いに来れるという事は大丈夫なんだろうと思っていた。俺としては買ってくれるのがばら売りの物ひとつだって千歳くんの作るお菓子が好きで、食べてくれるなら嬉しかった。  ただいくらお菓子が好きでも彼女たちのように毎日大量に買って食べ続ける事は無理だろうし、健康にもよくないと思ったのだ。  その場にいた他の子たちも「うんうん」と笑顔で頷いていた。  彼女たちは最初から自分で食べる気なんてなかったのだ。  ――じゃあ目的は――――俺?  俺はそれなりにモテる。そこは自覚している。だけど俺には千歳くん以外と付き合う気なんてないから思わせぶりな態度はとらないし、告白されたらきちんと断って一定の距離を保つようにしている。告白のチャンスは一度きり。  彼女たちは大量にお菓子を買って、俺に告白を断りにくくしようとしていた……?  そんな事の為に千歳くんのお菓子は利用されたのか――――。  はっとして急いで千歳くんがいるキッチンの方を見ると、千歳くんは苦笑していた。  千歳くんの様子から千歳くんは全部分かっていたんだと分かった。どれほど傷ついただろう。  俺のせいで千歳くんを傷つけていた――。  悲しくて胸が痛くて、お腹の底から怒りが込み上げてくるが何とか押しとどめ、彼女たちの出入りを禁止した。  俺は千歳くんも千歳くんが作るお菓子も大好きだ。千歳くんの事は譲れないけど、千歳くんのお菓子を好きになってくれるのは嬉しかった。だって千歳くんがどんなに頑張ってパティシエになったか知っているし、千歳くん自身がすごくお菓子を作る事が好きだって知っていたから。  だから売り上げが減るとしても許せなかったんだ。  まぁそうしたら現在閑古鳥が鳴いているわけなんだけど――。  とりあえずパっと目を引くようなクリームたっぷりのケーキで千歳くんのお菓子をまずは知ってもらおうと「ケーキも置いてみようよ」って言ったんだけど、その時の返事が「俺には作れない」だった。  作れないって何なんだろう? やっぱりプロとしての拘り? 得意な物だけで勝負したいとかそういうの?  そんな訳でこのお店が軌道に乗るまでは俺からは何も言わない事にしたんだ。同じ大学の子を出禁にした事で最大の顧客層を逃したこの状況が俺のせいだと思えるし、俺は千歳くんの事が好きだから子どもっぽい我儘で困らせたくはなかった。 ***** 「紫央、大学の方はどうなんだ? お前殆どここでバイトしてて勉強する暇もないんじゃないのか?」  長いながいモノローグ。いつまでも帰らない俺に気づいたのか千歳くんは作業の手を止めず、声だけをかけてきた。  一見すると俺の事を心配する発言だけど、実は違う。 「心配しなくても俺勉強できる方だし、ちゃんと真面目に講義だって受けてるよ? 単位落として留年とか、千歳くんに迷惑かけるような事はしないから心配しなくていいよ」  俺はいつだって頑張っていた。千歳くんが傍にいない間も俺が傍にいて千歳くんが恥ずかしくないように成績を維持していたし、問題を起こすなんて事もしないように気を付けていた。  そりゃあバイト三昧になってる今、成績を維持する事は大変だけど、睡眠時間が減ったって別に構わないんだ。俺は千歳くんの傍にいられたら何だってできる。  お願いだから心配するフリをして俺が千歳くんの傍にいられなくなるような理由(こと)を言わないで?  お願いだから俺を昔のように欲しい物を強請るだけの子どもだと思わないで?  お願いだからもう二度と俺をひとりで置いて行かないで――? 「じゃあ帰るね。また明日ー」 「ああ、お疲れー」  相変わらずこちらを見ない千歳くん。  俺は沢山の言葉を飲み込んで、ズキズキと痛む胸の痛みにも気づかないフリでパタンとお店のドアを閉めた。
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