⑤ @佐藤 千歳 ②

1/1
前へ
/15ページ
次へ

⑤ @佐藤 千歳 ②

 そういうわけでまだ小学生だった紫央が俺の元に来られないように、わざと遠くの専門学校を選んだ。物理的に距離を置けばこの間違った想いも消えてなくなると思っていた。  でもすぐにその考えは甘かったのだと分かった。お菓子の事だけを考えて紫央の事は考えないようにしたのに、気が付けばいつも紫央の事を考えていた。  俺がいなくて寂しくて泣いていないだろうか。ごはんはちゃんと食べているだろうか。病気になったりしていないだろうか。  そんな事、紫央には忙しいけどちゃんと両親もいるし、うちの親だって紫央の事を可愛がっている。だから大丈夫だと思うのに――寂しい……。()が、寂しくて堪らないのだ。  結局我慢ができなくて、休みには何時間もかけて帰ってこっそり紫央を見て、すぐに戻った。  電車賃は貯めていたお年玉を使った。小学生の紫央には無理でも俺には充分会いに行ける距離だったのだ。  もっと遠くへ行かなくては――。  学校を卒業し、思い切ってフランスに留学する事にした。これでこっそりとでも帰る事はできない。今度こそお菓子作りに集中して立派なパティシエになるんだ――。  何とか1年の留学も終え、帰ると紫央に告白された。1年ぶりの紫央は中学生になっていて、俺よりもまだ少しだけ低いけど背も伸びていて、可愛くて恰好よくてドキドキした。  すぐに抱き合って溶け合いたい――。そんな邪な想いが俺を支配する。熱が膨れ上がって、「好きだって言ってくれるんだから穢してしまえ」と誰かが耳元で囁くのだ。  紫央の告白は本当にほんとうに嬉しかった。だけど紫央は俺にとって天使で。  紫央に会えなかった間も欲望は成長を続け、罪悪感は消えない。  俺はずるい返事をしてしまった。  気持ちに応えてしまうのは怖い。だけど紫央が離れて行くのも嫌だった。  だから俺が紫央の事をただの幼馴染として見られるようになるまで距離を置こうと思った。こんな中途半端な事、紫央に悪い事をしているのは分かっているけど、俺は逃げずにはいられなかったのだ。  大好きな紫央を穢す事はやっぱり許されない――。  そして『距離』は足りていても『時間』が足らなかったのだと、国内ではあるが遠くの場所で5年間の修行に出た。 *****  修行を終えて、実家の一階を改造して店を開いた。そろそろ俺の方が限界だったのと紫央も大学生になっているし、もう告白の返事をしても大丈夫ではないだろうかと考えたからだ。  そう思っていたのに紫央は更に成長していて俺よりも背は高く、かなりのイケメンに育っていたけど天使振りは健在で。  だけど、それでも、()()俺の事を好きでいてくれるなら――――。  俺は5年ぶりの再会から半年経ってもあの時の返事を言えないでいる。  『まだ俺の事を好きでいてくれるなら』と考えたように、俺は紫央を待たせ過ぎたのだ。紫央が今でも俺の事を好きでいてくれる保証はない。紫央は絶対にモテるはずだ。俺には言わないけど他に付き合ってる人がいるかもしれない。連日訪れる紫央と同じ大学の子たちに胸がじりじりと焦げ付く。  紫央が彼女たちの思惑に気づき出禁にした時は正直ホッとしたんだ。少なくても彼女たちの中に紫央の恋人はいない。  俺に紫央の気持ちを繋ぎとめて置く程の魅力なんてない。懐いて来るのだって昔の関係性を引きずっているにすぎない。それに紫央は俺にあの時の返事を求めない。それはそういう事なんだと思うから、下手にこちらから何かを言ってもう俺の事なんて何とも思っていないって言われるのが怖いのだ。  だから、俺と紫央は幼馴染みで、オーナーとバイトで……一緒にいられるなら今のままがいい――。とても狡い大人のやり方だった。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

68人が本棚に入れています
本棚に追加