エクストリーム

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「言っておくが、君が考えてるような下世話なことではない。博士はストイックな人だったーーアセクシャルだったのかもしれないけど」  設楽博士が若かった時代は、科学者が匿名ボランティアとして不妊治療のための精子バンクに協力するということが比較的一般的だった。時代が変わって今は、提供者の匿名性より子世代の『知る権利』が重んじられるようになっているので条件を満たせばパーソナルカードからアクセスすることも可能である。 「俺は彼を生物学上の父とする。それを知ったのは転校して信者のコミュニティに引き取られた時だった。その後、彼の血を引く子どもがこの世界にもう1人いると知った」 「まさか、家入さんが『アケチの申し子』と呼ばれているのは……」 「いや。彼自身は知らなかったはずだ。俺のことを捕まえようとさえしなければ知る必要もなかったし、知る意思もなかったと思う。なのに奴は、巡り巡ってより父親に近い場所にいる。しかもその気になれば国を左右する権力だって握れるというのに奥迫ごときに水をあけられてーー」 「ちょっと待て。これまでの事が金や権力目的じゃないとしたら、家入さんを狙う理由はなんだ?まさかただの嫉妬か?」  会話を重ねるごとに状況は絶望的になっていくのにむしろ頭は冷たく冴えて肝は据わり、声の震えも収まっていた。 「これだから凡人は嫌だ。世界を破壊したくなるほどの俺の自己矛盾と懊悩、呻吟と衝動ーーそんなものをお前ごときに理解してもらおうとは思わない。ともあれ今や奴とは、会ったこともない生物学上の父親の発明品を巡って体制側と反体制側ーー日向と日陰。偶然って恐ろしいよね」 「アケチはまだしも、家入さんを殺すなんてやめろよ……だって君の兄さんじゃ、」 「その呼び方はよせ!」  ランは初めて感情的になった。
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