ミンリンカンリ

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 外に出ると残暑ーーというより「猛残暑」と呼んだ方がいいような真夏並の暑さと強い日差しが待っていた。緑化と木材リサイクル素材により都市気候の緩和が都心でも進んでいる、と言われるが焼け石に水っぽい。  生来の運動嫌いに加え、ここ数年は日光にまともに当たるような生活を送っていなかったせいで、昨日入居したばかりの超・職住近接な社宅から往路数百メートルほどの新しい職場に向かうだけですでにバテそうな上、早速日に焼けた。  大学の入学式以来約十年ぶりのスーツも眼鏡も汗だくでへばりつき、フレッシャーズの爽やかさとは全くの真逆だ。自業自得なのは認めるが、いくら気象変動が行き着くとこまで行き着いたからってこの暑さは非常識すぎるだろーーもう十月だぞ。 「ミンリンカンリ・セキュリティ」  今日からここが僕の職場だ。  公表はしていないが、官公庁ーー具体的に言うと警察庁サイバー局のセキュリティ業務の一部を請け負っている。そのため防犯カメラとセンサーがぐるりと張り巡らされた要塞のような高い壁に守られていて、住宅地と文教施設が混在した周囲の景観から異様に浮いている。  社名の由来はチベット奥地の永久未踏峰、神々の山の名だそうだが、近隣住民からは「日本版アルカトラズ」と陰口を叩かれているとかいないとか。   だが今日の会社前はそういうこととは関係なしに異常な光景だった。会社を囲む高い塀の前に警察車両が何台か止まり、警備の人員が配置されているのだが、それともお構いなしに集まった百人ほどの野次馬とマスコミの取材陣とで騒然としているーーなんと初出勤日の前日、社内で殺人事件が起きていたのだ。
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