崩壊

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   ーー1年前。 「好きです。付き合ってください」     ある日の昼休みの校舎の裏でのことだった。白石仁(しらいしじん)は、以前から気になっていた今村朱理(いまむらあかり)に告白を実行した。  初めて彼女のことを意識し始めたのは数ヶ月前の事だった。仁は特にやりたい事も無く、目標も無かった。そんな仁は、何かに夢中になっている彼女に密かに憧れを抱いていた。  今村朱理はその愛想の良さからか、誰にでも好かれ、みんなの人気者だった。男子から女子、そして先生。誰が見ても彼女に好感を抱き、憧れの生徒だった。しかし、仁はそういった彼女の人気に便乗して好きになったわけでは無い。  部活に入っていない彼にとって、部活を頑張っていた彼女は輝いて見えていた。勿論、彼は自分の意思で部活に入らなかった。部活動に情熱を注ぐくらいなら、バイトの一つでもしたほうが有意義だと思っていた。女手一つで育ててくれた母親の助けに少しでもなりたかったのだ。  ーー両親が離婚をしたのは、仁が小学六年生の頃。当時の事は今でもよく覚えていた。  当時、仁はサッカーの少年団に入っていて、両親もその手伝いでよく二人とも試合を見に来ていた。父親は子供の面倒見がよく、仁の友達からもとても好かれていた。  少年団の時の両親も仲が悪そうには見え無かったし、周りも仲のいい夫婦くらいに思っていたかもしれない。しかし、家に帰ると喧嘩は多く、とても仲が良いとは言えなかった。そして、仁の中学進学を機に両親は離婚したのだ。  当時は幼かった事もあってか、仁は悲しくてたくさん泣いていた。しかし、時間が経つ事に不思議な事に慣れていく。どれだけ泣いていても、現実は変わらないと気づいたのだ。  その時に、大人になるのはこういう事なんだと悟った。そんな母のためにバイトをやる事を彼は選択した。  別に部活をやらなかった事に、未練があるわけじゃない。しかし、それでも彼にとっては部活に打ち込んでいる生徒は何故か輝いて見えていた。 「‥‥私で良ければお願いします」  朱理は頬を赤く染めながら頷いた。それは、夕日のせいか普段の彼女なら絶対に見せないような表情をしていた。  ーーそれから約一年。今でも朱理とは付き合っている。もうすぐ一年記念日も迎え、付き合い始めのように熱々とはいかないが、それでもこの一年は楽しかった。多分、それは朱理も同じだった。  きっと自分たちはこれからもこうやって一緒にいられる。そう二人は思っていた。  ーーあんな最悪な出来事が起こるまでは。  仁と朱理は近所のに出来たばかりのテーマパークに来ていた。ここは最寄りの駅から無料の送迎バスが出ている。前日の大雨とは打って変わって、この日はとても良い天気だった。 「仁! 次はあれに乗らない?」 「わかったから、はしゃぎすぎると転ぶぞ」  朱理は仁といる時はよく笑っていた。付き合いたての頃はお互いぎこちなく、ワガママを言うことも少なかった。  それでも付き合ってから三ヶ月を過ぎたあたりからは、お互いに気を遣うことも少なくなり、周りからも公認のような関係になっていた。  正直、朱理と付き合う前の仁の高校生活は退屈そのものだった。高校一年の頃を思い出しても、別に大した思い出は無い。かといって当然友達もいたし、遊んでいたりもしていた。  しかし、それでも何かつまらなかった。それも高校二年の春に朱理と付き合い始めてからは、全てが変わった。仁のそれまで灰色だった高校生活は色をつけ、楽しみで溢れた。  それは依存とまではいかないが、朱理がいないことなんて仁には考えることができないほどだった。  休日にバイトや部活がない時はほとんど一緒にいたし、学校の行事だって一緒に楽しんだ。それくらい、二人はずっと一緒にいた。  テーマパーク自体、仁はそんなに好きではないが、朱理が楽しそうにしているだけで満足だった。彼女の笑顔が何より嬉しかったから。 「見て見て、この花のかんむり。可愛くない?」  朱理は無邪気に笑いながら、お土産屋のグッズを眺めている。このテーマパークは出来た当時、テレビで大きく取り上げられるほど人気で、たくさんのファンで押し寄せていた。  今となってはその波は少し落ち着いてきたが、それでも休日はだいぶ混み合っていた。  この日は学校終わりに寄ったので、人の波は比較的落ち着いていた。今いるのは地元の人間や、コアなファン。それに写真を撮りに来ている人たちなどだった。 「朱理にすげぇ似合ってるから、プレゼントしてやるよ。バイト代出たばっかだし」 「いい、いい! 流石に悪いよ!」 「いいから。その代わり、また今度お弁当作ってきてくれればいいからさ」  朱理はたまに仁の分のお弁当を作ってきてくれていた。これがとても美味しく、仁の胃袋は簡単に掴まれていた。 「そんなことなら合点だよっ! やった! これ付けちゃおうっと!」  朱理は嬉しそうに花の冠を頭に乗せている。その姿は高校生というより、小学生に見えてくる。こんな幼い姿も普段の朱理からは想像はできない。仁の前でだけ見せてくれる特別な朱理だ。     ひとしきり周り終わり、空はすっかり真っ暗になっていた。明日も学校がある。この時間は名残惜しいが、また明日会える。そう言い聞かせて二人は帰路についていた。  この町はテーマパークこそできたが、それでもまだまだ田舎。夜になると真っ暗になるし、駅前以外は街灯の明かりが照らしているだけ。人の気配も消え、町は閑散とする。治安が悪いとは思わないが、夜は暗い為いつも仁は朱理のことを家まで送っていた。 「今日はここまででいいよ?」 「いや、危ないから家まで送るって。この道暗いし」  朱理の家は駅前を過ぎて、暗い路地を進んだ先にある。仁の自宅は朱理の自宅の方とは駅の出口が反対側にあり、いつも朱理の事を送ってからまたこの駅に戻ってくる。  しかし、仁はこの時間を手間に感じた事はないし、むしろ朱理と少しでも長く居られるならと思っていた。 「大丈夫だよ! 仁は過保護すぎるんだよ! 私だってもう立派な大人なんだよっ?」  朱理は得意げに胸を張った。それは朱理の大きめのバストを強調していた。 「いや、でも‥‥」 「すぐだから大丈夫だよ。心配してくれてありがと。そんな仁の事も大好きだよ」  そう言って、朱理はキスの催促をしてくる。別れ際はいつも絶対に二人はキスをしている。いつからこれが始まったのか覚えていないが、いつの間にか恒例になっていた。 「‥‥わかったよ。気をつけろよ?」  二人は唇を合わせる。少し人目が気になるが、そんなのはいつもの事だ。 「えへへ。また明日ね仁」 「おう。また明日な」  朱理は大きく手を振りながら、何度もこちらを振り返りながら遠ざかっていった。仁はその姿が見えなくなるまでずっと見送っていた。
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