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別荘の外に飛び出すとプリウスが二台に、タクシーが一台止まっている。どうなってあのタクシー運転手が現れたのかは分からないが、野田に何か言っていたところを見ると野田を乗せてきたのかもしれない。目の前で憎むべき対象は殺されたのに、仁の気分は全く晴れない。
むしろあの光景は恐ろしいと思ってしまっていた。進藤トモヤと長田茂が殺されているのを見るのは気分が良かったが、朱理への復讐にはあれではならない。仁自身が直接手にかけることにきっと意味がある。仁はそう考えていた。
別荘の裏の山の中で叫び声が聞こえて来る。このプリウス二台に二人の警察官では人数が少なすぎる。おそらく外に待機していた他の警察官が飯島ジュンゴの後を追っているのだろう。とにかく声のする方へと向かおう。仁はそう考えた。
あの電話の相手が警察官だったことは未だに信じられない。警察官が仁の復讐の手助けをしていた。
断片的にだが、さっき過去に何かあったようなことを言っていた。それできっと仁に協力してくれたのだろう。
飯島ジュンゴがリーダー的存在であろうことは明白。ならば仁のこの怒りは奴を殺すことで、払拭できるかもしれない。警察に飯島ジュンゴが捕まっていたとしても、プリウスまでは距離がある。ならばその間を狙えばいい。
木々をかき分け、がむしゃらに険しい道を突き進んでいく。少しばかり進藤トモヤに刺された脚が痛むが、今はどうでも良かった。
もう今の仁には飯島ジュンゴしか見えていない。その時、前方に二人の男の警察官が歩いているのが見えた。見た感じどうやら飯島ジュンゴを見失っているらしい。
仁は二人に気づかれないようにしながら、飯島ジュンゴを探す。仁が痛めつけた分、遠くまでは逃げられないはずだ。別荘から飛び出していった時も足を引きずっていた。絶対に近くにいるはずだ。仁は一旦足を止めて考える。
もし自分が飯島ジュンゴの立場だったらどうするか。警察官に追われ山に逃げる。そこまではここに警察官がいることで確実だろう。問題はここからだ。あの血だらけの格好で人目につくところを歩き回りことはしないだろう。
それに殺されることが嫌だとしたら警察官に保護されるはず。そうしていないということはあくまで、逃げ切ろうとしているということだ。この後に及んで未だに逃げている事には助けられているが、自由へのとんでもない執着心だ。
でも、それに仁は救われる。最後まで彼らは犯罪者で居てくれた。おかげで殺す事になんの罪悪感も感じない。ゴミを始末するような感覚できっと殺す事ができる。
飯島ジュンゴの行動を仁は考えたが、どれだけ思考を巡らせても分からない。この山はとんでもなく広い。きっと仁だった暗くなるまで身を隠して、夜になってから動き出すだろう。
しばらく歩き回るとダムが一望できる高台にたどり着いた。昨日は暗かったからよく見ていなかったが、改めてとんでもなく広いダムだなと思った。昨夜の雨のせいか、水量が多く流れが速いように見える。放流している水の音が大きく、ここにもし落ちたら改めて助からないと仁は思った。
その時、ダムの堤頂部分を足を引きずりながら歩いている人影が見えた。間違いなく飯島ジュンゴだった。どこに向かっているのかは分からないが、歩くのをやめてその場に座り込んだ。幸いな事にここからだとそこまで離れていない。
警察はきっと山の中を探しているだろう。見晴らしのいい場所だが、ある意味飯島ジュンゴはいいところに身を隠したと思う。しかし、彼は一番見つかってはいけない人物に見つかってしまったのだ。
ーー仁はナイフを握りしめてあの場所へと走った。
ダムの堤頂部分まで来ると、よりその広い貯水池に恐怖を覚える。人がいかにこの地球上で小さく、自然に対して無力なのかを痛感させられる。
仁はそのまま中心へとゆっくりと歩いていく。さっきは痛めつけようとするあまり時間を使い、邪魔が入ってしまった。
今度は邪魔が入る前に奴を殺す。飯島ジュンゴは別荘から飛び出してくれてよかった。そうしなければあの場で死んでいただろう。
飯島ジュンゴは歩いてくる仁に気づいたようだった。そうしてこちらを睨んだままフラフラと立ち上がった。
「進藤トモヤと長田茂は死んだよ」
「‥‥まじかよ」そう言い、飯島ジュンゴは横の塀に寄りかかった。「‥‥お前が殺したのか?」
「大丈夫だよ。お前も直ぐに一緒のとこに行けるから」
「‥‥死にたくねぇ」飯島ジュンゴは小さくつぶやいた。
仁は容赦なくナイフを構える。飯島ジュンゴは惨めったらしく、その場に膝から崩れ落ちた。どうやら抵抗を諦めたのかもしれない。
飯島ジュンゴの目の前で仁は足を止める。ようやく復讐が果たせる。思えばこの数日間は本当に長かった。それもようやく終わると思うと涙が溢れそうになる。
「‥‥遺言くらいは聞いてやるよ」
仁は死を目前にした犯罪者が復讐をされる瞬間に、何を言うのか気になった。命乞いでもしてくれればより殺しがいがあるかもしれない。
「白石っ!!!」
背後から野田の声が聞こえた。それと同時に飯島ジュンゴがつぶやいた。「死ぬのはお前だよバーカ」手にはナイフを持っていた。野田の声に一瞬気を取られた仁は、飯島ジュンゴの動きに反応できなかった。そして、腹部にナイフが刺さった。
激痛に仁はその場に崩れ落ちる。一瞬視界に入った飯島ジュンゴの表情は、仁を見下ろし嬉しそうに笑っていた。
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