復讐

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***    気がつくと見慣れない天井がそこにはあった。殺風景な部屋のベッドの上に寝かされていた。横の机の上には花瓶の中に綺麗な紫色のライラックが置かれていた。その花のおかげなのかとても良い香りがしていた。そうしてようやくこの部屋が病室だという事に気がついた。  起き上がろうとすると腹部に鈍い痛みが走る。手には包帯が巻かれ、固く固定されていた。 「‥‥そうか。生きてたんだ」  ポツリと呟いていた。薄れゆく記憶の中で最後に響いた銃声。それが仁にとって最後の記憶だった。  その前の野田の姿を思い出すと飯島ジュンゴに憎しみがまた湧いてくる。  ーーその時、部屋のドアを叩く音が聞こえてくる。そして開いたドアの先には野田が立っていた。 「‥‥白石。無事でよかった」 「‥‥野田‥‥か」  野田は安心したように涙を流しながら抱きついてきた。とても小さな身体だと思った。その小さな身体で、必死に仁の事を守ってくれたのだ。そのせいか仁には野田にかける言葉が見つからなかった。 「‥‥本当に良かった。‥‥本当に‥‥生きてて良かった‥‥」  仁はそれは違うと思った。きっと野田がいなければ自分は死んでいた。復讐と息を撒いておきながら、仁は何も出来なかった。そのせいで、目の前の少女を深く深く傷つけた。  朱理の様な犠牲者を、仁が自ら作り出してしまったのだ。 「‥‥ごめん。野田には酷い事をさせた。本当にごめん‥‥」 「‥‥ううん、私の事はもういいの。こうして白石が生きていてくれただけでいいの」 「‥‥飯島ジュンゴは捕まったのか?」  仁の問いに野田は黙って頷いた。仁は一言、「そうか」とだけ返した。 「‥‥復讐、邪魔しちゃってごめんね。私のせいだよね‥‥」  復讐は結局果たすことは出来なかった。それどころか返り討ちにあった。情けない話だと思った。自分の復讐だと息巻いた結果、失敗し自分は助けられた。泣きながらこんな自分の為に飯島ジュンゴの言いなりになる、野田の姿を思い出す。 「違う。‥‥野田がいてくれてよかったよ。朱理のことは確かにまだ許せないけど、この命は野田が繋いでくれた。‥‥本当にごめん」  仁は心の中で朱理にも謝った。朱理のことは大好きで絶対に忘れることなんかない。この憎しみや悔しさは死ぬまで付き合うことになるだろう。  それでも今では復讐が失敗したことよりも、こうして無事に生きていたことの方が良かったと思う。守りたいと思える存在が、仁には新しく出来たのだから。 「‥‥あのね白石。私から言いたいことがあるの」  野田は改まって仁の顔を見た。そうして静かに息を吐いた。  その野田の表情は、年相応に幼く見えた。 「私とこれから一緒に生きていって欲しい。ううん、朱理と私たち三人で一緒に。‥‥そうしていつか、きっといつか私の中で整理がついたら言いたいことがある‥‥と思う。あんな風じゃなくて、ちゃんといつか言いたいから‥‥」  最後、野田は頬を赤らめながら言った。朱理は本当にいい友達を持った。 「なんだよ。その、思うって」仁は茶化すように言った。 「‥‥仕方ないでしょ。こういうの初めてだし‥‥、朱理に最低な事してるかなって‥‥」 「朱理は‥‥きっと感謝してる」  気がつくと枕元に一枚の花びらが置いてあった。それは朱理の花の冠の花びらだった。それを見た途端、仁の瞳からは涙が溢れていた。でもその涙の意味が仁には分からなかった。  野田の方を見ると、なぜか野田も泣いていた。それを見たら仁はさらに涙が溢れてしまった。色んな感情がこもっていたのかもしれない。胸の奥に分からない何かが渦巻いて、抑えきれなくなった。仁と野田は二人で泣き合った。  きっと一人だとダメだった。仁は胸に残った温かい何かを抱きしめながら、その温もりを大切に抱きしめた。  そんな仁と花を見て、病室の端で朱理が微笑んでいた様な気がした。
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