1982年・夏

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1982年・夏

 1982年、大学に入学した私は、夏休みの間、福島県裏磐梯高原のキャンプ場で、管理人のアルバイトをして過ごした。  すぐそばに白雲荘という大きなホテルが隣接していて、キャンプ場もそこの管轄だった。食事は朝夕、決められた時間にそっちの賄い食を従業員の人たちと一緒に摂った。風呂は21時以降ならいつでも大浴場を使っていいことになっていた。空いている時間は、持ってきたカセットデッキで大瀧詠一の『ア・ロング・バケイション』を聴き、ずっと読もうと思っていた村上春樹と中上健次の小説のページを捲ることに費やした。  仕事は、7月中にほぼ馴れた。許容量を越えそうなときは、白雲荘から何人か手伝いに来てくれたので、実に助かった。  そんな中にK子がいた。郡山の商業高校を出て、白雲荘に就職したのだという。同い年だったことから話をするようになったのだけど、8月一杯で退社し、この秋に結婚するのだという。その話を聞いた時、同い年の女の子がもうそんなことになっているのか、と私は感慨深く思ったものだった。  キャンプ場のすぐ近くには中瀬沼や檜原湖までの遊歩道があった。いつしかK子と夜、仕事が一段落すると、そこを散歩するようになった。歩きながらいろんな話をした。そうしているうちに、手を繋いでいた。腕を組むようになった。ドキドキしていた。  もうすぐ誰かに嫁いでいく女の子なんだという思いが私を高揚させていった。  ぎこちない行為が段々エスカレートしてしまうのに時間はかからなかった。 「でも、8月30日が最後だよ」 とK子は言った。  私は歯を食いしばるようにしてその日までの日々を過ごした。よからぬ噂がすでに広まっていて、露骨に注意されることもあった。8月30日はすぐに来てしまった。そしてK子は、 「10年後の今日、遊覧船の桟橋で待ってて」  そう言い残して去って行った。
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