思いの萌芽

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 南大陸テラント中央部、首都クーリオンにて。  ディスラプターの襲撃から十日が経ち、白いベッドの上で眠り続けていたルリエは静かに蠱惑的な紅い目を開き、青い月明かりが射し込む部屋で静かに身体を起こし周囲を見渡す。 (ここは……?)  天蓋のついたベッドに広々とした部屋、月明かりのみでハッキリと見えなくても調度品などが気品に溢れ、存在感を放ってるのはわかった。   ルリエはベッドから出て立ち上がり、誰が着せたのか白のネグリジェを着せられており、レースやらフリルやら動きにくい事に舌打ちしつつ部屋を見回す。  同じ部屋のゆったりとした椅子にはユーカがブランケットを被って眠っており、穏やかながらも、目に隈を残す彼女の表情からずっと看病されていたのが伝わる。 (私は……そうか……)  ディスラプターの長にして剣の師匠であるクレアと再会し、そして、完全に負かされ魔法剣を繰り出されても食いついて、その後の記憶がない。  戦っていたのは覚えているが、どのような結末を迎えたのかはわからない。  クレアに刺し貫かれた掌はユーカが治してくれたのか、傷跡もなく痛みもない。幾度も切り裂かれ刺し貫かれた身体も同様、無傷の状態。 (剣は……折れてた、な)  ベッドの横に置いてある剣をルリエは手に取り、静かに引き抜いて刃を確認する。  剣先が切り落とされ、刃も刃こぼれを起こし使い物にならない。  決して悪くない剣だったが、クレアの魔法剣相手では流石に力不足。前に使っていた剣も同様、より強い剣でなければ、魔法剣が使えぬ自分では対抗できない。 「魔剣フェイレン……」  静かにルリエはその名を口にする。剣を極める者ならば一度は聞く名前の魔剣、実在すると言われるが、所在は不明。  手にした者を修羅へ誘うが、その剣に断てぬものはなく全てを抹殺すると言われる。  伝説に尾ひれがつくのはよくあるが、実があるのも確かだろう。  力が欲しいとルリエの胸に思いが芽生える。窓側に行き、青々と輝く月を見つめながら胸に手を置いて握り締めた。 (強くなりたい、力が欲しい……もう、私は負けたくない、誰にも……)  何故か脳裏に傷ついたノゾミが浮かぶ。別に、彼の事は、と切り捨てられず、舌打ちしてルリエは俯く。 (どうしてあいつの事が……私は、あいつは……)  決着の時もそうだが、ルリエは傷ついたノゾミを見て何かを思っていたのも忘れている事に気がつく。何かを思って、合成魔法で抗おうと考えて、先が思い出せない。  とても大切な事だった気がする、強くなる事よりももっと。  いや、そんなものなどないとルリエは思い、首を横に振り月をしばし見つめ続けていた。  ルリエが目覚めたその時、ノゾミは一人儀礼堂の前で制服を脱いで剣を振るい、ひたすら鍛錬に励んでいた。 (ルリエ様を守る為には……もっと……)  ルリエより早く目が覚めてから、彼女を守るという使命を果たせず逆に守られてしまった事が、ノゾミにとって大きな衝撃で心に刺さる。  百年前は毎日鍛錬していたが、目覚めてからは鍛錬らしい鍛錬を一度もしなかった。ルリエの為に、彼女を鍛える為に無意識に力を抑えてしまっていた。  同時に百年という封印の歳月で身体も鈍っており、万全ではないのだと思い知らされたのも、大きな衝撃。 (思い出せ、あの時の感覚を……力を……)  魔物千体切り、竜すら屠る者。様々な武勇などいらないと思っていたが、今は、その名に違わぬ実力が必要。  二度と、ルリエを傷つけない為にも、彼女を守り抜く為にももっと力が必要だと。  そんなノゾミの元へ歩み寄る者がおり、振り返る事なく剣を振るのをやめ、その者の名を口にする。 「こんな夜中にどうしたんですかレイジさん?」  名前を呼ばれやや驚きつつ、三角帽のつばを上げて暗がりから姿を見せるのはレイジ。と、もう一人、南大陸上級統治者(ルーマス)当主のデモンだった。  気づけなかった気配に慌ててノゾミが振り返り一礼すると、刹那、足下を踏み砕いてデモンがメイスを振りかぶって迫り、これを剣で素早く受け止め衝撃音を響かせ二人は鍔迫り合う。 「流石は英雄ノゾミ殿、このデモンの一撃を剣で止めますか」 「完全な不意打ちなら危なかったです」  会話の後に互いに武器を引いて闘争心を鎮め、それからレイジがナイフを抜いて足元に刺して何やら詠唱し、次の瞬間には薄いドーム状の結界が広範囲に展開され全員を包み込む。  そこから、ノゾミは二人が何をしに来たかを察して制服を拾って着直し、ありがとうございますと礼を言ってから剣を前に向け深呼吸。  一歩下がるレイジは気にするなと言い、デモンが首を鳴らして構えるのを見届けつつ更に続ける。 「兄ちゃんが鍛えるには、それなりの相手じゃなきゃ無理だろ? ジラードさんが特別手当くれるっていうから結界張ってやった、気にせずやりな」 「祖父母と共に戦ったあなたと手合わせできるのを楽しみにしていました……もちろん、手加減は一切しません」  確かに、と、ノゾミは自分の感覚を取り戻すには相応の相手。より強い相手との、死闘が必要だとはわかりきっていた。  デモンからすると祖父母から聞いていた英雄の力を知りたいという、自分の願いを果たす事にも通じるし、ノゾミが鍛えたい事にも応えられる。英雄の願いを叶えるのが、祖父母の為にもなると。 「感謝しますデモン様……ならば、遠慮なく!」  激しいぶつかり合いを見守るはレイジ、強さを求める英雄の姿にはルリエと同じものを感じつつも、これから待ち受ける困難を予感し小さくため息をつき空を仰ぐ。
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