伯父さん

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伯父さん

ナースステーションの看護師さんの傍で邪魔にならないように、 パイプ椅子に座り四角いテーブルで雑誌「anan」を読んでいる。 面会に来た母と私に笑みを見せて照れくさそうに頷いている。 いつもは、月1回の面会で母が衣類や必要な物とお小遣いを渡している。 今日は、初めて私を見て相当ご機嫌の笑みらしい。 母の事も私の事もどこの誰かはわかっていない。 あの、ニット帽⁈私が中学校の時にかぶっていた帽子! ここで活躍していたとは! セーターも父親が着ていたものだ! 母の「これ?そろそろ着ない?」がこういう事だったんだ。 そろそろ、雪の季節なのでセーターとニット帽スタイルだった。 私が、ここに来たのは30代になってから「別にいいじゃん!」と 言って無理矢理、母に着いて来た。子供の頃は、ひた隠しにしていた。 こんな、親戚がいる事を近所や学校で知れたら不便な思いをすると。 母は相当に気遣っていた。 50年以上、ひんやりとした無機質な病室、一般病棟の明るさや 暖かい空気がまったくない。 錆びれたベット、鉄格子の窓、同じ部屋で過ごした。 恐らく、付き添って外出や買い物に行くという事はなかったと思う。 決まりきった病院の中庭で散歩くらいだったみたい。 一度、母は家庭の雰囲気を味合わせたいと思い、私達は学校で 父は仕事の日に我が家に連れて来た事があったらしい。 家庭の味、食事を用意し大好きなかりんとうをテーブルに並べテレビを つけた。 昔の写真を見せたり刺激をしない程度にゆっくりと時間が流れた。 私、誰かわかる?首を傾げるだけ。「トトちゃんの妹よ!」と。 伯父さんは笑顔で頷くだけ。 かりんとうは、大好物で美味しそうに食べた。 30分も経たないうちに、伯父さんは「家に帰る!」とやっと声を あげたらしい。 「家?ここも家なんだよ」 「いや、俺の家に帰る!」 無機質な病室…伯父さんにとっては「家」なのだ。 それからは、二度と我が家に来ることはなかった。 そして、80歳近くに老衰で無機質で冷たい空気の病室から旅立った。 「お疲れ様」とゆっくり心の中で唱えた。 それから、間もなく私の夢に登場した。 伯父さんが、折り目のついたズボンと白いポロシャツを着て とびっきりの笑顔で「この、家買ったんだよ!」 昭和初期に洋風建築が取り込まれた様な、 真っ白い壁の三角屋根の家、階段を3段位上ると玄関がある。 晴天なのか、真っ白い外壁が眩しくって、伯父さんはニコニコしながら 手摺につかまって階段を上った。 「こんな家に住むのが夢だったんだよ‼」 「あっ、それから住宅購入の手付金50,000円貸してくれる?」と 私にニコニコしながら言う。「返すから!必ず!」 扉を静かに閉めた。 夢から覚めた時、ああ。。。胸が重いのか軽いのか解らない。 ずっしりと上半身を起こした。 本当は伯父さんにも夢があったんだなと思った。 ここには、もう居ないけど伯父さんにとってはこれからが青春なのかも。 夢なのに、あ~良かったホント良かったと。 いつからでもいい、いつからでもいい。74591cc9-0970-444c-b330-c403ead503b4
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