サウダージ

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「今までありがとう」  と、祖父が言った瞬間、涙が止まらなかった。そっと祖母の頭を撫でて、安らかな笑みを見せる。今まで見たことが無い表情だった。微笑とも何だか違う、言葉では言い表せない表情。それを見た瞬間、私は心がキュッとなって、あんなに我慢していた涙がダバァっと外に出た。マスクをしているから、その涙がマスクに染みる。鼻水も出てきて、でもティッシュなんて持っていないし、鼻を何度も啜ってその場を凌ごうとした。  長年共に過ごしてきた祖母が、先日他界した。前々から容態がかなり深刻な状態にあることは知っていたけれど、その知らせを受けてからの急変が私の頭では到底追いつけなかった。前会った時は私の結婚式をあんなに楽しみにしていてくれていたというのに、次に会ったときにはICUの中で沢山のチューブに繋げられながら眠っていた。私は部屋には入れなかったから、母が説明してくれていた状態しか分からないけど。母曰く、祖母は目は開いていたが母や祖父を認識できるほどではなかったという。植物状態とも違う、本当に死ぬ間際の意識が朦朧としている状態だったそうだ。 「この度は心よりお悔やみ申し上げます」  斎場の従業員がそう言うと、私はその言葉を聞きながら零れた涙を上を見上げながら中に戻そうとする。でもあんな祖父の姿を見てしまったら、涙が止まらなくてダラダラと流れてしまった。祖母の顔を見られるのはこれが最後なのに、涙のせいで景色が歪んでいてよく見えない。 「それではこれより火葬場に移ります。皆様、お外にご移動の程、お願い致します」  棺桶の蓋が閉められ、私たちがぞろぞろと外に出ると、バックドアが開いた霊柩車が待機していた。初めて見た。前にお葬式に参列したのはまだ中学生の時だったから、ほとんど記憶が無い。それに霊柩車も見なかった気がする。だから今日、初めて見た。
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