小学校 低学年編

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 解離性同一性障害、というものをご存知だろうか。  特に幼少期の辛い記憶から逃れるために別の人間を作ってしまう、れっきとした精神疾患だ。  実はここ最近、色々と調べていくうちにこの解離性同一性障害を持っている説が濃厚になってきた。  実は「私」に残っている記憶は、小学校の3年生終わりがけから先しか殆ど無いのだ。  前章で綴った「母からされたこと」も、自分が体験したような感覚でもあるし、それを追体験というか、誰かに聞きながらVRで体験したような感覚がある。  今も何かあるたびに「他の人」に助けてもらっているし、不意に助言する男性の声、女性の声が聞こえてくることもある。一部の人は既に見た目も「中」で確認している  私は、これをずっと記憶が残っている辺りから経験しているため「これがみんなも普通なんだ。身体の中にたくさんの人がいるんだ」という思いで生きてきた。  これは、きっと有識者からすれば「どう考えても人格が分裂してしまっている」と思ってしまうだろう。私も友人に指摘されて初めて調べ、その内容のあまりの一致率に驚いた記憶がある。  この保育園児から低学年にかけて、私は突然別の名前を出して「○○ちゃんと遊んでるの」「△△くんカッコいいんだよ」と言っていたことが、後に祖父母や父、恩師に聞いたことで分かっている。  かなり不思議ちゃんとして扱われていたそうだが……この○○ちゃんが出る直前の私で、当時いたのは私じゃなくて「主人格」だったとしたら?  そしてよく聞けば、△△という名前は「人格の1人」と全く同じ名前なのだ。それにやはりかなり古参の人でもある。  人は時に、ストレスから逃げるために科学では説明できないことを引き起こす──この言葉の最たる例だと言えるのではないだろうか。
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