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太陽が真っ赤に燃えながら沈んでいく。
時折舞い散る灰は、行き過ぎた正義を象徴していた。
夕焼け色に染まる炎は高く、積まれた本をひたすらに喰らう。
そいつは正義によって生まれたケダモノであり、多数派による蹂躙でもあった。
「あほくさ……」
火を放っている検閲官に聞こえないように俺は呟いた。
その行為は追放というより存在そのものを省き、歴史から排除しようとしている。
こんなことに何の意味があるのだろうか。
書物が揺れる。文字が灰になる。灰が降りつもる。
検閲官が本の山に火を放つ。ただの自殺行為だ。
魔界に関する情報は政府によって管理されている。
行き来することはもちろん、許可なく情報を持ち込むとすら禁じられている。
『魔界に関わるとこうなるぞ』
見ているだけで熱が伝わってくる。
皮肉なことに、著者が見ていることには気づいていないようだ。
赤く燃える火を見て、俺の隣に足を止める者がいた。
いつも彼女は席の中心を陣取っていた。
俺の話に若干うんざりしつつも、付き合ってくれていた。
「奇遇だね、ライラ。どうかしたのかい?」
「……人だかりができていたので、見に来ただけです」
俺の顔を見て苦い表情を浮かべる。
真っ赤な炎に食われているのが何なのか、理解してしまったのだろう。
「ほら、あれを見なよ」
遠くでカメラを構えている連中を見る。
人だかりを見て、さらに人が集まる。
飛んで火に入る夏の虫とは、このことだろうか。
「珍しいもん見たっていうんで、話のネタにしようとしてんのさ。
魔界関連のことは口出しするなって言われてるにも関わらずにね」
ある意味、これも見せしめのひとつなのだろう。魔界を統治している評議会に密告しようかとも思ったが、あまり意味はないかもしれない。
この侮辱的な行為を見て、戦争を起こすかもしれない。
いや、いっそのこと宣戦布告してくれないかな。
どう頑張っても分かり合えないのは目に見えているわけだし。
降りつもる灰と燃え上がる書物から逃げるように、思考を巡らせる。
「師匠こそ、こんなところにいて大丈夫なんですか?
あなたが燃やされそうですけど」
「アイツら、本しか見てないからね。
野次馬のことなんか眼中にないんだよ」
周りに集まった人など気にしてもいないのだろう。野次馬の中に燃やしている本の著者が紛れ込んでいることなど、誰も気づきやしない。
「行きすぎた正義が邪悪になるいい例だよね。
そして、いつか必ず罰を受けるんだ」
ライラはじっと炎を見つめていた。
夕焼けと同じように染まっていた。
「魂が死ぬ瞬間とはいつだと思う、ライラ」
いつになく真面目な声だったから、自分でも思わず驚いてしまった。
普段はタメになりそうでタメにならない問答やよく分からない哲学を披露しているというのに。
ライラは答えなかった。あの炎を一心に見つめていた。
「まさに今、この瞬間だよ」
書物に込められた思いが殺される。
人生あるいは思い出が焼き殺される。
長く付き合っていた友人が目の前で死んでいくような気分だ。
いや、本当に何人もの魂が灰となって散っていく。
書物に込められた思いが死ぬ。
思い出が一瞬にして無に帰すのだ。
「俺の本を燃やしてんじゃねえって、ブチ切れたほうがいいと思う?」
「命が惜しくないのであれば、見てみたい気もしますが」
「だよね」
俺は皮肉っぽく笑って、燃え盛る炎を黙って見ているだけだった。
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