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言ってしまった、と思った。
――本人を目の前にして、綺麗だなんて……
羞恥のあまり、白粉の施された顔を躊躇なく両手で覆うと、隣からふっと微笑を零す音がし、益々居た堪れなくなる。
消えちゃいたい、空気になりたい、いっそこの桜みたいに、舞散って踏ん付けられたい、と徐々に思考が危うい方向へ傾き始めたそのとき。
「芽衣子――」
再び降ってきた声音と共に、顔に当てがっていた右手がスっと取られた。
「え、あ、あの……っ」
そうわたわたとしていたのは、しかしほんの一瞬のこと。
芽衣子の右手は、そのままスルリと彼の左手に繋がれた。
一部の隙間もなくしっかりと、だが優しく包み込むように掌が合わさり、キュッとしなやかな指が絡まる。
胸の鼓動が一際高鳴るのを感じながらも、まるで吸い寄せられるように、反射的にその顏を仰ぎ見てしまう。
すると彼は、漸く目が合った、とでも言うように、心底嬉しそうにふっと唇を弧に描いた。
「この目のことを、そんな風に言ってくれるのは君だけだ。……ありがとう」
その言葉に、ドキドキと高鳴る鼓動を抑えるように、胸の前でギュッと空いている左手を握り締めた芽衣子は、「そんなこと……」とふるふると首を横に振る。
「私はただ、綺麗なものを綺麗だと言っただけです。茜空に浮かぶ夕日や夜空を彩る星々……皆そこにあって当たり前のものだけれど、私にとってはかけがえのないものです。無い世界なんて、考えられません」
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