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そこではたと何かに気付いたのか、杏璃はポンと手を打った。
「あ、いけない。あの子に芽衣子ちゃんのこと、連れてきてって言われたんだったわ。さぁこっちよ、来て来て」
そして彼女はやや強引に芽衣子の背を押し出すと、真っ直ぐに、あの木目の扉の前まで誘ったのだった。
「この先はテラス席になってるの。そこで流伊が、surpriseを用意してくれているはずよ」
澱みのない美しい発音、合わせてその言葉にドキリとして彼女の顔を見上げると、杏璃はこれまた綺麗に片目を瞑 ってみせた。
芽衣子は、そっとドアノブを握る。心持ちは、さながら冒険者だ。
深呼吸を一度した後、ゆっくりと扉を開いた。
すると、カチャリ……と音が鳴ったと同時に、サァ……と柔らかな風が一塵吹き、両サイドに流した黒髪が揺れる。
「わぁ……!」
目の前に広がる景色に目を奪われた芽衣子は、そのまま吸い寄せられるようにテラス席の間を縫っていく。
そこはまるで、花園だった。様々な種類の色とりどりの花が、生い茂る緑の植物に彩りを与えるように咲き誇っている。
霞草やオオイヌノフグリ、白詰草など芽衣子の好きな花もある。
「気に入ってくれたか?」
ふと頭上から降ってきた声音に、はっとして顔を上げると、愛しい婚約者の姿。――を、認めるより先に後ろから、ふんわりと包み込まれた。
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