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四月の帝都はいつも通りの忙しさを纏いつつも、どこか和やかな賑わいに溢れている。
それはきっと、目の前に悠然と立ち並んでいる、この桜並木のお陰だろう。
東京駅の改札口を出るや否や、篠宮芽衣子は、その美しくも愛らしく花弁を綻ばす様に釘付けになった。
「うわぁ……綺麗……」
実はここは、芽衣子が二年前から通う女学校の通学路でもあるのだが、毎日迎えに来る婚約者が、有無を言わさず自身の洒落た外車へと押し込むため、このように視界一杯に桜並木を眺めるのは初めてなのだ。
口元を緩め、暫し惚けるようにして眺めていた芽衣子だったが、ふと隣の婚約者のことが気になり、そっと見上げる。
高く通った鼻梁に、緩やかに引き結ばれた薄い唇。
きっちりと濡羽色に染め上げられた短髪は、今やどこから見ても生粋の日本男児だが、長い睫毛で俄に翳りを帯びたその瞳の色だけは、やはり隠し切れない。
思わずじっと見入っていると、ふとその麗しい顏がこちらを見下ろした。
自然とかち合う瞳。淡い緑が日の光によって煌めく様は、吐息が漏れるほど美しい。
何故日本人は、この色を忌避するのだろう。
「こんなにも、綺麗なのに……」
「……芽衣子?」
そっと降ってきた低くも柔らかい声音に、はっとして口元に手をやる。
無意識に思いが口から滑っていた。
「な、何でもないです……っ!急にごめんなさい……!」
勢いよくぶんぶんとかぶりを振って、俯く。
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