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数瞬の間、閉じていた瞼をそっと押し上げ、携えた手はそのままに瞳を弓形に細めた彼。
ふっと再び零された微笑も相まって、ぶわっと一気に顔に熱が帯びる。
――これは、接吻……されたのよね……?
その行為の意味が分からぬほど、芽衣子は子供ではない。
愛しい者が愛しい者へと施す、最大級の愛のかたち。
『好きな人と愛を深めるのに、接吻は絶対不可欠よ!』とませた友人が放っていた言葉を思い出し、そうよと頷く。
――こんなことで、動揺してはいけないわ。毅然と振る舞うのよ、毅然と……
そうはいってもどうすれば良いのか。瞬時に考えあぐねた挙句、芽衣子が取った行動はツンと顔を背けるものだった。
すると今度は、くくっ……と堪えるような微笑の音が聞こえ――。
――えぇぇ……そんな……。これも失敗……
もう、泣いてもいいだろうか。
いっそ拗ねて、とことん困らせてしまおうか、とヤケな思いが脳裏を過ったそのとき、漸く彼は言葉を発した。
「可愛らしいな、君は。……不思議と見ていて飽きない」
口元を綻ばせると同時に、僅かに下がる目尻。そこに浮かぶ極小さな泣き黒子と、真っ直ぐにこちらを見下ろす緑が、顏を彩る。
その様に思わず見蕩れていた芽衣子だったが、ふとあることが脳裏を過り、再びふいと視線を逸らした。
そして、つい尖った声音でこう反論してしまった。
「そうやって、いつまでも子供扱いしないでください。私はもう立派な淑女なのです」
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