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桜並木を通り抜けた先、見えてきた建物の前で加賀美流伊は立ち止まった。
芽衣子はその背に鼻先をぶつけそうになり、咄嗟に背広の腰の辺りをギュッと掴むと、顏を見上げる。
「あの、ここは一体……?」
見上げた建物はこじんまりとしていて一見普通の民家のようだが、よく見ると入口に吊り下げられた看板には、"cafe"の文字が。
「シー、エー、エフ、イー……かふぇ……」
瞳を細め、舌足らずな拙い発音をする芽衣子。
その様にふっと小さく微笑すると、流伊はコホンと咳払いし、改めてこちらに向き直った。
何か重要な話でもあるのだろうか。芽衣子は小首を傾げつつも、彼に倣ってピンと背筋を正す。
すると彼は口元に柔らかな笑みを浮かべ、こう告げた。
「誕生日おめでとう……芽衣子」
――え……
あまりにも突然のことに驚き、瞳を大きく見開く。
しかしはたと我に返り、あぁそういえば今日は確かにそうであったと思い直すも、彼に告げた記憶は全くない。
「私の誕生日、ご存知だったのですか……?」
もしやこれが、"さぷらいず"とやらなのだろうか。
芽衣子は通っている女学校の英語教師が、よくそう言って、良くも悪くも時折生徒たちを驚かせている様を思い出す。
「無論、婚約者なのだから当たり前だ――と言いたいところだが……。実は……兼子先生からこっそり聞いたんだ……」
何だかすまない……と、いかにも決まり悪そうに、今日は緩く撫で付けてあるだけの前髪をくしゃりと押さえつけた流伊。
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