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才人の妥協
朝起きたら割り当てられた自室の寝台の上で、靴だけ脱いで寝ていた。
「……? なんとか帰ってこれたのかな?」
セリスは首を傾げながら、体を起こす。
窓の外はすでに明るいが、空気は爽やかでまだ早い時間と知れた。
前夜の記憶は、まったくない。
(酔った。やっぱり、あの「酒の形をしたぶどう」は飲んではいけないものだったのだ。要するに酒の形をした酒だったわけだし)
最近ではアルスにはめられた一件もあるし、大いに反省すべきことだと自覚はあった。
セリスの体はセリスだけのものではない。
万が一にでも誰かに触れられることがあってはならない。
その反省すら押しやるように、心の中を占めているのはエスファンドから教授された内容であった。
(早く会いたい。あの人からは学ぶべきことがたくさんある)
飲み食いする時間が惜しかったように、今は顔を洗う時間も身支度する時間も惜しい。
一刻も早くエスファンドの元へ行かねばと寝台から跳ね起きて、もどかしい思いで適当に身なりを整えた。顔を洗う水も満足になかった旅の間よりも手を抜いていたが、構わない。お目付け役がいなくなったせいかもしれない、と薄々気付いていた。
「アーネスト……。どこに行ったのかな」
呟いた瞬間に、ふっと昨晩の出来事が一瞬だけ何かが脳裏をかすめた。
夢うつつに。
誰かの腕に抱かれたぬくもり。
自分ではままならない酔いつぶれてしまったセリスの体を寝台に横たえて、靴を丁寧に脱がせてくれたような……。
はっきり思い出せたわけではないが、気のせいとも思えない。そんなことをしそうな人と言えばアーネストくらいだ。さすがに同室が当たり前だった旅の間とは違い、朝になる前に自分の部屋に帰ったのだろう。
(アーネスト、そういえばどこに寝泊まりしているんだろう。兵舎かな)
顔を合わせたら、髪をはねたまま不器用に頭に布を巻き付けた姿に目を細めて、小言を言いそうなものだった。
セリスは渋面のアーネストを思って小さく笑いながら、廊下に出た。
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