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「……あれはアカン。ひっさびさにブッちぎれてんなぁ……いや、あんなもんやったかなぁ」
太陽王家の素顔を晒して、エルドゥス相手に全力で挑む妖魔か悪鬼の如き姿。
食事にと立ち寄った店でまさかの遭遇をし、エルドゥスが絡みに行ったところから、アーネストは見ていた。
隊商路に点在する都市を縫って移動するのであれば、ルートがかぶることもあるであろうし、鉢合わせをしても不思議はない。それにしてもまさかこのタイミングとは、というのが正直なところ。
(強運……。姫様になんかあったときに現れるのって、やっぱり、そういうこと?)
目には見えない、特別なつながりがあるのか、とアーネストとしては思わざるを得ない。二重三重に抑圧されて、そばにいても自分の意志で動くことすらできない自分とは、違い過ぎる。
アーネストの視線の先で、ラムウィンドスは躊躇なくエルドゥスを蹴り上げていた。
「うらやましい奴やなぁ」
思わずの呟き。アーネストのすぐ横に立ち、ひとまず観戦していたナサニエルが、袖を掴んで注意を引きながら小声で尋ねてくる。
「お前もエルドゥスを痛めつけたかったのか?」
真面目に言われて、アーネストはふっと乾いた笑いを漏らした。
エルドゥスに腹を立てているのは間違いないが、貴重な戦力であるだけに、本気でやり合おうとは考えない。いざというときに役に立たないとか、走れないようでは困る、という考えが先に立つ。常に万全の状態で働いて欲しいし、置いて行くこともできれば避けたい。
(俺は後先考え過ぎや……。俺も、感情に任せて走れたら。たとえそれで、命を落とすとしても)
どうせ、いつ死んでもおかしくない世の中なのだ。であれば、もっと自分の生きたいように生きても良いのではないか。
敢えて自分に注目を集め、相手がエルドゥスと知りつつ叩きのめすラムウィンドスを見ていると、アーネストは自分の良い子ぶりが悲しくなってきた。
その心中を読んだかのように、ナサニエルが小声で続けた。
「行っていい。うらめしそうな顔をしてそこにいられても、こちらの気が沈んでくる。全然、守られている気がしない。だいたい、私は、お前が考えている以上に強い」
「そういうわけにはいかん。俺の護衛対象は……」
ぐらっと気持ちが傾いだ。それを押し殺して、アーネストは型通りの返事をする。その次の瞬間、ナサニエルに激しく突き飛ばされた。
よろめくことこそなかったが、アーネストは目を見開いて「何してくれんの」と言うも、ナサニエルに勢いよく遮られる。
「さっさと行けと言っているんだ! お前までエルドゥスに引っ掻き回されてどうする。ロスタムひとりで事足りるとでも思っているのか?」
「せや、なぁ」
あまりにも的確な発言を受けて、アーネストの口から限りなく本音らしきものがこぼれた。
本来最優先にするべきはセリスであり、その身はエルドゥスその他の人員によって守られていなければならない。エルドゥスがそれを放棄して大立ち回りを始めてしまった以上、アーネストだけが最初の作戦に気を使っている場合ではないのだ。
「自分押さえるのにばっか気を取られて、いま何をすべきか、忘れとったわ。だけどここで、ふたり、離れるわけにはいかないから……」
行けと言われたからといっても、これ以上ばらばらになるのは避けるべきだろう。アーネストは当然の判断として、ナサニエルの手を取る。
ハッとしたようにナサニエルは顔を上げて、アーネストの目を見た。
アーネストは、力強く頷いた。
「離さへんよ。一緒に行こ。腕に期待しとるわ、足手まといにはならんのやろ」
ラムウィンドスが衆目を引き付けている間に、行動を開始する。そのつもりでナサニエルの手を引き、野次馬の間をすり抜けて走り出す。
背後で、「そこのお前ら、何をやっている!」という怒号が響いた。
振り返らずに、アーネストはわずかに身をかがめ、ナサニエルの耳元で囁く。
「よし、自警団が来た。対応はあいつらに任せて、俺らは自由に動こう」
そして、繋いだ手に力を込めた。
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