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「どなたを応援すれば良いのでしょう……」
マリアに小声で尋ねられた。
心細そうな声に、セリスははっと我に返る。
仮にも自分は彼女の主、ここで気圧されている場合ではない。
慣れぬ環境にいるのはマリアも同じこと、なぐさめてあげなければ、と。振り返る。
「マリア、しっかりするのよ。ここは冷静に」
「ええ! 皆さん、本当におうつくしい方ばかりですね……」
「……ええ」
返事はしてみたが、どうも会話がかみ合ったような気はしなかった。
マリアは気付かなかったのか、指を組み合わせて前方を見ていた。
そこには、ラムウィンドスに冷たくあしらわれたのがこたえたらしく、肩を落としてほんのりうなだれたゼファードがいた。
応援するとすれば、たぶんあの方なのだろう、とセリスはぼんやりと思った。
思うだけでは申し訳ないので「お兄様、しっかり」と呟いてみた。
一方、ゼファードを黙らせたラムウィンドスは、再びアーネストに向き直る。
「難儀なことだな。まがりなりにも団長のお前が来るということは、第一師団、第三師団あたりも絡んでるのか」
「一から七まで、全部かんどるわ。下のもんまで巻き込むと話が大きくなるゆうて、団長七人でくじを引いて、オレが」
聞くとはなしに聞いていたセリスは、さきほどアーネストに覚えた違和感の正体にようやく気付いた。
話し言葉に、妙な言い回しがあるのだ。聞き取れないわけではないが、アクセントも違うので、不思議な印象がある。それは、アーネストの完璧すぎる外見、取り澄ました雰囲気を、少しだけ和らげていているようで好ましく感じた。
「話にならないな。こんなガキを見るために、よりにもよって団長が揃って遊んでるなんて、示しがつかないだろう」
「ガキ…」
セリスが呟くと、何やら口を開きかけたラムウィンドスが、一瞬だけ視線を流してきた。
目が合うと、風を切る勢いで顔を背けられ、そのままアーネストに向き直っていた。
「反省文提出させるぞ」
「それは……カンニン……」
傍で見ていて気の毒なほど、アーネストはうなだれた。搾り出すような声が痛々しい。
「では、王宮の外周を五十周でどうだ」
あまり譲歩したようには思えない提案を、ラムウィンドスは実にそっけなく言った。
途端、アーネストは顔を上げた。瞳には先ほどまでなかった輝きがあった。
「そっちのが、なんぼかマシやわ」
もともとが凄絶さすら感じさせる美貌なだけに、笑顔の破壊力は凄まじかった。
「麗しい……」
「まぶしい……」
マリアにつられて、セリスもつい呟いてしまった。
さしものラムウィンドスも、つられたように目元をやわらげていた。しかしそれもほんのわずかの間のこと。
「よし、じゃあ戻って伝えておけ。お前のとこの第二師団が最初だ。そのあと第一師団から順に走れ。以上」
「はいっ」
説教の終わりを感じたのか、アーネストは実に快活な返事をした。
一礼して、踵を返す。
思い出したように振り返った。
見送っていたセリスと、ばっちり目が合った。
正面からまっすぐに見つめられると、やはり息を呑むほどにうつくしかった。
立ち尽くしたセリスを見ると、アーネストは、その冷たい美貌に、はにかみ笑いのようなものを浮かべて、小さく会釈した。
セリスがそれに何かを返す間もなく、再び踵を返す。
長い髪がふわりと風に流れた。後に続いた者たちに紛れて、その姿はすぐに見えなくなり、やがて回廊を曲がっていくのが見えた。
同じく見送っていたゼファードが、冴えない調子でぼやいた。
「私には、外周五十周よりも、反省文の方がよほど良いように思えるんだけどねぇ。さすが我が軍は鍛え方が違うと見える」
「なんだそれは。俺に対する嫌味か」
「別に。身体は鍛えていても、頭を鍛えることがないらしい、とは言ってないよ」
ゼファードは、扇を開いて口元を隠す。その目元は常に無く剣呑だった。
受けたラムウィンドスもまた、わずかに顔を強張らせている。世間で言うところの、不機嫌といった表情だった。
元々の作りが不機嫌寄りのラムウィンドスの顔には、いよいよ迫力がある。
二人の間には、瞬く間に一触即発の張り詰めた空気が漂った。
どちらかが口を開けば、何かが起きてしまいそうだった。何か、とても悪いこと。
「あの!」
咄嗟にセリスは声を張り上げた。
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