甘い薔薇

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「そうだな。俺は姫に『自分ではない何か』になる夢を見させてやることはできる。だが、いざという時にはお前は月の姫だし、俺はそれを利用するだろう」  盃を絨毯に置き、アルザイは立ち上がると距離を詰めて、セリスと膝が触れ合うほどの近くに座り直した。 「食が進んでいないようだ。食べさせてやろうか」 「畏れ多いです。やめてください、一人で食べられます」  盆に視線をすべらせて、適当につまめるものと薔薇の砂糖漬けに手を伸ばす。先にアルザイの手が届いて、指先にひとつまみ掴むとセリスの顔の前に運んできた。 「口を」 「嫌です」 「断るのか」  面白そうに言われて、完全に遊ばれていると思いながら、セリスは唇を閉ざす。  そのまま、本当に何気なくちらりと戸口の方へと目を向けた。 「ラムウィンドスはいないぞ。隊商路の野盗討伐に出している。別にあいつを出す必要もなかったが、少し気になることがあってな」  心を見透かしたような物言いに、セリスは失敗を悟った。ラムウィンドスのことは、気にしていないように振る舞っていたつもりだった。話題に上らせないように、うまくやっていたつもりだったのに。 (これ以上ここで、あのひとの名前を出されるわけには) 「明日も早いので、そろそろ辞させていただきます」  立ち上がろうと床に手をついたらアルザイに手を重ねられた。 「明日。仕事はない。休みを出した。聞いていただろう」   近い。  距離が近すぎる。  さして力を込めているようにも見えないのに、おさえられた左手は全く動かせない。 「アルザイ様。お酒が過ぎたのではないですか」 「問題ないな」  視線を感じる。  ちらりと目を向けると、これまで見たこともないくらいに、甘く微笑みかけられた。  見てはいけなかった、と悟った。  話を逸らさなければ。 (この空気は、なんだかまずい)
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