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長い一日のはじまり
濃い深紅のカフタンに、幅広の下衣。
黒髪を一枚布で大雑把にまとめあげたアルザイは、隊商を率いる大商人のような風格で、変装としてはかなり上手な類であった。
アルザイが持つ存在感、王者の風格は簡単には消せない。
ならばそのまま、まったく違うそれらしい人間として市井では振舞うつもりらしい。
一方のセリスはといえば。
さっさと身支度を終えたアルザイに、絨毯で簀巻きにされて肩に担ぎあげられ、荷物として王宮外に運び出された。
外に出たら解放されるのかと思ったら、そのまま黙っていろと言われて気が遠くなる。
賑やかな市場の呼び声を耳にしつつ、ほとんど意識を失いかけていたが、ようやくくるりと絨毯を外されたら見知らぬ店内で複数の女性に囲まれていた。
「銀髪」
花と蔦草柄の上質そうな衣装をまとった中年の女性が一言。
紅の塗られた唇の口角が、にっと笑みの形に釣り上がる。
すぐに笑みを収めると、にやにやと笑っているアルザイに鋭く視線を投げかけた。
「あんたついに人攫いに手を出したの、アッラシード」
「さて。とりあえず磨いてみてくれ。売り物にするかどうかはそれから考える」
余裕たっぷりに言うアルザイの様子を見るに、「アッラシード」は使い慣れた偽名で、ここは何やら馴染みの店らしい、とセリスは考えた。
(なんだろう、すごく甘い匂い。頭がくらくらする)
足元がふらついたり、どことなく体調が優れないので、ともすると吐き気がこみ上げてくる。
うだるような暑さの中、絨毯に巻かれて運ばれたせいに違いない。
中年の女性が、そばに控えていた若い女性に指示を出す。
女性と言っても、ほとんどセリスより年下くらいの、少女のような三人にセリスは引きずられるように奥の間に連れていかれ、何が何やらわからぬ間に服を脱がされた。三人はきゃあきゃあ喧しく騒ぎながら、口々にセリスが布で胸をおさえつけていたことを叱り飛ばした。
息をつく間もなく、ぬるま湯で身体や髪を洗われ、甘い匂いのする軟膏を身体の至るところに塗り込められ、肌には粉をはたかれる。
その合間にも少女たちは指示を出し合っていて、しきりと部屋の中を動き回っていた。
用意されたのは銀糸で刺繍のほどこされた、襟の高い白のカフタンに、くるぶしまでの同色の下衣。真珠や宝石の縫い込まれた帯を細い腰に巻かれる。
顔に薄く化粧を施され、唇には紅。
頭には背に流れるほどのやわらかな白い布をのせられて、額の位置を組紐で留められた。
銀色のサンダルに足を通して店内に戻ると、中年の女性と親し気に会話をしていたアルザイが笑い合いながら目を向けてきた。
それまで楽しそうな笑みを浮かべていたアルザイの顔から、表情がすうっと消えた。
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