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「こういうの久しぶりなんですけど……。髪も短いし、似合わないと思うんですが」
セリスは月の国の姫として、身なりを人に整えられることには耐性がある。
目利きではないが、かなり上等の服が選ばれたことにも気付いている。しかし男装していた期間が長かったので、瀟洒で清楚な装いにはひたすら違和感があった。
「アッラシード。惚けてないで何か言ったら」
女性に肘でつつかれたアルザイは、気まずそうに「ああ」と言ってから顔を背けて、女性が手にしていた小箱に視線を落とした。
「あの目には翡翠だな。耳を傷つけないものを。首飾りはやめておこう。どれも負けそうだ」
どことなく沈んだ声音で、それだけ言う。女性は大げさな溜息をつきつつ、小箱から緑の石のついた耳飾りを摘まみ上げてアルザイの手に押し付けた。
「つけてあげればいいじゃない」
受け取ったはいいものの、アルザイはしばし手の中の耳飾りを見つめたまま無言だった。
「もう十分ですよ。無駄なお買い物はやめておきましょう」
セリスは思い余って声をかけた。
いささか特殊な離宮育ちをしているとはいえ、長旅を経験した身。厳しい金銭感覚がしみついている。一日の遊びにこんなにお金を費やすべきではないとの思いから意見をしてしまったのだが、「あのなぁ」とアルザイには機嫌悪そうに唸られた。
「男が女にお金を使うときには、素直に使わせておけばいいのよ。あなた、その男の為に着飾ってるようなものでしょ」
中年の女性にも横から言われて、そういうものかなぁとセリスは眉をひそめて思案してしまったが、近づいてきたアルザイに真正面に立たれて視界をふさがれた。
長い指が、器用にセリスの耳に片方ずつ、耳飾りをつけてくれる。
(散財させてしまった)
セリスが困り顔のまま見上げると、アルザイがふっと視線を逸らした。
「支払いは後で人に届けさせる。良い出来だ」
アルザイは中年の女性と、やけに顔を火照らせて得意げな三人の少女たちににこりと微笑んでから、セリスの背中に軽く手を回してきた。
「行くぞ」
「はい」
アルザイの表情は、強張ったまま。
(どうしたんだろう。そんなに洒落にならないくらい、わたしには似合わないんでしょうか)
不安になりつつも、置いていかれまいと歩き出す。
そのときふと、アルザイの歩みがいつもよりもゆっくりであることに気付いた。セリスが早足でなくともぴたりと寄り添ってくれている。故意なのか偶々なのかはかりかね、横顔を伺ってしまった。急に体調でも悪くなったのかと心配になったせいもある。それが顔に出たのか、ようやく視線を流してきたアルザイに呆れたように言われた。
「そんな顔でオレを見るな」
「こんな顔で申し訳ありません」
「こんな顔、か。そうだな。これまで何度か目にしていたのに、不覚にも気付いていなかった」
(不覚、とは。何に気づいていなかったと?)
そこまで言われてしまっては、「良い出来」というのは店の者に対する社交辞令であって、実際は不満なのかもしれない、とセリスは落ち込んだ。
忸怩たる思いでいっぱいだった。
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