長い一日のはじまり

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 通りに出ると、アルザイの気分は少し上向きになったようだった。  胸を張って楽し気にあたりの露店に視線を向けている。  一方でセリスは妙な居心地の悪さを感じていた。 「あの……。アルザイ様。少し目立ちすぎなのではないでしょうか」  気のせいではなく、先程から視線が突き刺さっている。  おそらく、隣にいるアルザイの貫禄が、庶民に紛れていないせいだと遠まわしに指摘をしてみたのだが「仕方ないだろ」と軽くいなされて終わった。 「これほどの美女がいたら、誰だって見ずにはいられないだろう。生きているうちで二度とは見られぬかもしれないからな」  笑いを含んだ声で言われて、セリスは思わずアルザイの視線の先を目で追った。それから、周囲の人に視線を投げた。  どの方向でもまんべんなくやたらに目が合ったので、早々と諦める。  仕方なくアルザイに小声で尋ねた。 「どこですか、美女。僕も見てみたいです」  返事がなかった。  不安になって見上げると、微笑んだアルザイが見下ろしてきた。 「お前には見えないのか。それは残念だ」  ただの意地悪を言われて終わった。  セリスは言い返す気力もなく、透き通るような青空を見上げる。  天気が良いな、と思った。旅の間、天気はとても重要だった。とはいっても、雨の降る日など砂漠に入ってからは滅多になかったが。 (隊商路の野盗退治って、ラムウィンドスはどこまで行ったのかな……)  同じ空の下にいるであろう人のことが思い出されて、無愛想な顔を空に描いてからはっと我に返る。  昨日と違い、アルザイがろくに話し相手になってくれないせいか、余計なことを考えてしまった。    それでいて腕はしっかりと背中にまわされていて、守られているようではある。これが女性扱いということかと思うと、気持ちの上ではたいへん情けない。  普段は適当に体格をごまかす服装をしており、胸が豊満ではないことには助けられていたものの、帯を巻き付けた腰の細さなど、自分のことながらひいた。 (どこからどう見ても、弱そうで)  せめて剣でも身につけたいと思うのだが、アルザイに言い出せずにいる。満足に立ち回れるわけではないが、護身用に何かないと落ち着かない。  ──この世に絶対安全な場所などない。  アルザイの言葉が思い出された。 (護衛が必要なのは孤独な王である、アルザイ様だ)  アルザイがどこに向かって歩いているのかよくわからなかったが、ひとまずアスランディア神殿についたら自分も剣を用意してもらおう、と心に決めた。自分がアルザイを守る剣になれるとは思っていなかったが、いざというときには助けになりたい。  紫水晶の瞳を持つ神官アルスに会うのは、実は少しだけ気が引けている。された仕打ちを思えば、素直に笑って話せる気はしない。  しかしアーネストとライアの元気な顔は見たかった。  今からもう、懐かしさで胸がいっぱいになっていた。  
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