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二人が同時に目を向けてくる。
ゼファードはともかく、ラムウィンドスの眼光の鋭いこと甚だしく、逃げてもいいなら逃げたかった。
しかしセリスは踏みとどまる。それだけではいけないと思い出し、笑みを浮かべてみる。
つい最近誰かに言われたはずだ。笑顔を、と。
その言葉を胸の中で念じるセリスは、それを言ったのが目の前の恐ろしい男だというのはすっかり失念していた。言うならば無心だった。
「さ、さっきの方、とてもおきれいな方でしたね!」
笑顔、笑顔、と思いながら、誰も反論のしようのない話題として言ってみる。すると、ふっとその場の空気がゆるんだ。
「そうか、セリスはああいうのが好みなのかい」
「……え?」
面白そうにゼファードに返され、笑みを浮かべていたはずの頬が強張る。続けざまに、ひどく不機嫌そうなラムウィンドスに強い調子で言い切られた。
「アーネストはダメだ。あれは確かに少し頭が素直すぎるところがあるが、うちの大事な戦力なんだ。ああいう髪の色とか目の色がいいなら、師団の中にも何人かいるはずだから、そっちから見繕ってくれ」
「……あの、なんの話を」
雲行きが。
おかしい。
セリスの問いに、あれほど仲が悪そうだった二人は、揃って答えた。
「『幸福の姫君』の伴侶」
ぴたりと重なってしまったのがばつが悪かったのか、ラムウィンドスは顔をしかめる。
ひきかえ、ゼファードは実に嬉しそうであった。
「そうだよね。ラムウィンドスはアーネストが大のお気に入りだからね」
扇で口元を隠しつつ、意味ありげな視線を流す。それを受けて、ラムウィンドスは力強く頷く。
「当たり前だ。ゆくゆくは俺の片腕となる男だ。こんなところでわけのわからんガキに渡すわけにはいかない」
「あっはっは。だ、そうだよ我がうるわしの姫。彼のことは諦めてくれ」
ラムウィンドスの熱すぎる反応に半ば呆然としつつ、セリスは言った。
「わたしはただ、こう、今日の空は青いわねぇというのと、同じ感覚で言っただけなんですけれど……」
すると、ゼファードはいよいよ背を逸らして、高らかに笑った。
「空が青いと同じ感覚か。そうか。うん、わかる。わかるよ、場の空気が悪いときに空の話をするのはいいよね。私もときどきそういうことをするよ。うん、わかる。これほど離れて暮らしていたというのに、血の繋がった兄妹というのは、すごいことだね」
回廊の手すりにもたれかかり、ゼファードは気持ち良さそうに庭園に目を向ける。
しばし風を楽しむように目を細めていた。それから、穏やかな笑みを浮かべて言った。
「これからは、天気の話題でいいときは極力天気の話題にしときなさい。軽はずみに目に付いた男のことなど口にしないように。姫にその気があるならともかく、無いなら面倒なことになる。いいね」
優しいが、否やとは言わせぬ強さがあった。
セリスは気圧されてただ言葉もなく頷いた。それを見たゼファードは満足そうに微笑を返し、身体を起こす。
「では、随分時間を食ったが、行こうか。これからは姫に引き寄せられる憐れな男どもが現れても、遠慮なく撃退するということにしよう。でなければ、姫を部屋に送り届ける頃には夜になってしまいそうだ。それでは、夜会に間に合わなくなってしまうからね」
「夜会……」
その単語にセリスはうつむいてしまう。すぐそばまで距離をつめていたゼファードが顎に指をかけて上向かせた。
「そんなに困った顔をしないで。大丈夫、姫はかわいいよ、でも、少しかわいすぎるね。つい抱きしめたくなってしまうよ」
囁きのような声だった。緑色の瞳は切なげに細められている。
まるで、本当に愛を告げているかのように。
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