二人の身の振り方

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 アルザイは執務室に引き返し、ライアとアーネストはその後に続く形になった。  執務室は、石柱に支えられた天井は高く、広さの割には物がない贅沢な空間だった。  アルザイは自分だけ執務机につく気はないらしく、バルコニーまでさっさと歩を進め、アーネストとライアも従う形になった。 「まず、ライア王女に言っておく。あの銀髪は月の国の姫だ。姫のことはどこまで知っている?」  抜けるような青空を背に、手すりに腰を預けて振り返ったアルザイが言った。 「月の姫といえば……『幸福の姫君』かしら。選んだ相手を覇王にするっていう」 「そうだ。セリスは二代目だがな。かつてそういった予言を得た姫がいて、味を占めた月の国がセリスのことも予言の姫に仕立て上げた。セリスに関して言えば、どこまで本当のことか。そもそもが、不確かな未来を言い当てようとするだけの儚い予言だ……。とはいえ、王女もご存知のように、世間的には『そういうことになっている』。その上、覇王の導き手であるといういわれを嘘だと証明する手段もないから、セリスも身の振りは慎重になるだろう」 (「セリス」というときの黒鷲(アルザイ)殿は、ずいぶんとお優しい表情をなさるのね)  ライアは、アルザイとセリスの関係を掴みかねていたが、二人の仲が浅からぬものをひしひしと感じ取った。 「それで、黒鷲自ら、言い寄る男にやり返しているの?」  元・月の軍人である「太陽の遺児」に対し、少なくともセリスは気を許していないように見えた。牙をむき毛を逆立てていた。小動物が、必死に大切な何かを守ろうかとするような態度。  ライアの指摘に対して、アルザイも思うところがあるのか、気まずそうに唇を引き結ぶ。  話を継いだのは、アーネストだった。 「姫様は、あれで根っからの月の人間やからね。心情的に一番選びたい相手はゼファード様で、選ぶ義務があると感じる相手は……そこの……」  言い淀んだ美貌の剣士の視線の先には、けだるい笑みを浮かべた黒衣の王。 「その通りだ。姫は真面目だ。ゼファードを見捨てることはできないだろう。だが大局を見れば、砂漠の覇者たるべきは、黒鷲である()だと考えるはず。自分の『選択』によって覇王なんぞ出現させて無駄な戦乱を起こすくらいなら、すでに覇道を歩んでいる人間に託した方が問題ないと考える。好きとか嫌いとかじゃなくて。だから、セリスは太陽(アスランディア)を選ぶことはできない。絶対に」  吹きすさぶ風にふと目を細め、アルザイが遠くを見る。  びゅうびゅうと風の音がして、ターバンからこぼれたアルザイの黒髪が靡いていた。  やがて、視線はアーネストライアに戻る。 「二人とも、姫の素性に関しては他言無用だ。姫の帰国は、オレが止めている。お前もしばらく残れ。とはいえ、今更ラムウィンドスの下につく気もないだろう。少し裏の仕事でもするか?」  口調は何気なかったが、聞いていたライアが顔を強張らせた。 「まさか、アーネストに暗殺でもさせる気?」 「オレは別に構わん。暗殺ごときで戦士の誇りが傷つくだなんて考えてない」  アーネストはライアの抗議を封じるように言い、アルザイに受諾の旨を伝えた。  けぶる青の瞳を細めて、念を押すのは忘れなかった。 「姫様の身の安全は」 「約束する。馬鹿(ラムウィンドス)もついていることだし」  どこか諦めた口調のアルザイに対し、アーネストは嫌そうに首を振ってその話を終えようとした。アルザイもその意を汲んだようだった。 「では、アーネストは早々にアスランディア神殿へ行け。何をなすべきかは、行けばわかる。ライア王女は……。どうしたい?」 「私にも選択肢が用意されているんですか? お優しいですね」  ライアは、アルザイに対してはどうしても構えてしまう。  反射の素早さで言い返すと、アルザイも閉口してから、わざとらしい笑みを浮かべた。 「あなたの国はそれなりに強大だが、あなたひとりはなんの脅威にもなり得ない。監視する必要もないが、護衛する義理もない。用事があれば呼ぶ。後は好きにすればいい」  ライアは、くっ、と小さく息を呑んだ。 (わかっていたことだけど。セリスに対する扱いとはずいぶん違う……) 「では、好きにさせて頂きます。お世話になりました」  傷つくのは矜持が許さないが、意趣返しするほどの策はなかった。  せめて微笑み返せば、横に立つアーネストに小さく溜息をつかれた。 「アスランディア神殿、な。オレの行った先で仕事があるなら、やったる。ところで、オレの腕に見合うだけの待遇は用意しとるんろな?」 「さすが、軍人の割には目端が利くな。悪いようにはしない」 「了解。なら、ライア王女はオレが引き受ける。二人の意地の張り合いに興味はないんやけど、ライア王女には現実的に保護者が必要やし」  しれっと言い切ったアーネストに対し、アルザイは眉をひそめ、ライアは目むいた。 「保護者ですって……!?」 「お姫様育ちのお人はときどき度肝を抜くことしよるからねえ。放逐したら半日ももたんわ」  ごく当然のように言い返されて、ライアは拳を握りしめた。 「あなたねぇ……! セリスは好きにさせるくせに、私のことは随分侮ってくれるじゃないの……!」 「ライア様のことは、よう知らんからね。知るまでは目え離さんで」  小首を傾げて、青い瞳で面白くもなさそうに見下ろしてくるくせに。  破壊力のある一言を添えられて、不覚にもライアは絶句してしまう。「知るまで目え離さんで」とは。 (この男は、自分の美貌や、男性としての魅力を本当に理解しているのかしら……!?)   「勝手にしろ。いずれにせよ、アスランディア神殿には腕に覚えのある者が詰めている。庇護下にいれば、ここより安全かもしれないぞ。二人とも」  アルザイはまるで気のない様子でそう言うと、話は終わったとばかりに執務机に向かう。  アーネストも肩をそびやかし歩き出す。ライアもひとまずその後を追うことにした。   
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