往来での一瞬

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往来での一瞬

「……いた」  人が行きかう市場の道端に並べられたテーブルで、誰ともわからぬ相手に滔々と話しながら飲んだくれている師・エスファンド。  その姿を見つけて、細面に切れ長の瞳を持つ黒髪の青年は小さく呟いた。  襟足で束ねた、さらりとした長い髪をなびかせるほどの早足で、すたすたと歩み寄る。 「エスファンド先生。昼間からお酒が過ぎてらっしゃいませんか」  杯をぶつけあうように乾杯しながら、何かを早口でまくしたてていたエスファンドであったが、青年の姿を見ると「あ」と一瞬だけ動きを止め、にへらっと笑み崩れた。 「リーエン。どうした、怖い顔をして」 「怖くないですよ? どうしてそう思ったんですか?」  呼ばれた青年、リーエンは目を細め極めて穏やかな笑みを浮かべた。  市場の喧噪も強い日差しも何一つ変化がないはずなのに、ひんやりとした空気が漂う。 「どう……してだろうな……」 「ええ。どうしてでしょう。その明晰な頭脳でよく考えてみてくださいね。怒ってなんかいませんから」  周りにいた男たちがどっと笑いを爆発させた。「なんだなんだ先生」「どうした」と小突かれている中、エスファンドは「えーと……」とたいへん歯切れが悪く手にした杯を見下ろしている。注がれたばかりらしく、濃い紫色の液体が揺れていた。  リーエンはすっと手を伸ばして、その杯をほっそりとした指で奪い取った。 「おい」 「これ、美味しいですか?」  言うなり、くいっと一口で飲み干す。  杯から口を離し、空になった底をじっと見つめて低い声で呟いた。「何、この安酒」  そして、何か言いたそうにしているエスファンドの前の卓に杯を置き、にこりともせずに言った。 「せっかくの頭が腐りますよ。口に入れるものにはもう少し気を付けてください」
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