──都市の外──

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「噂のマズバル屈指の切り込み隊長殿が出迎えとは、心強いですなあ」  隊商を率いる東国人のセキが、深い皺の刻まれた顔に笑みを浮かべてラムウィンドスに礼を述べる。  砂埃と灼熱の太陽光にさらされたせいか、巌のように潤いの少ない肌や髪の具合から年齢はわかりづらいが、意外とアルザイと同じくらいの若さに見えた。 「長旅ご無事で何よりです。マズバル逗留の際にはどうぞお体を休めて、英気を養ってください」  ラムウィンドスは如才なく答えて、隊商の先導を引き受ける。  「砂漠の船」であるラクダだけで千頭を超える隊商というのは、町が移動しているのに匹敵する威容である。これだけの規模の隊商を統率してきたセキの手腕は相当なものと見受けられた。しかも、ここで終わりではない。この後、その旅路は遥か西の帝国へと続くという。  アルザイがぜひ話を聞きたがっている旨を伝えれば、もちろんと二つ返事だった。この先しばらくの道行(みちゆき)で、マズバル君主アルザイの威光はセキにとっても有用である。  先頭集団にまざる形で、馬を並足で歩かせるラムウィンドスの背後から、マズバル兵が馬を寄せる。 「浮かない顔してんなぁ」 「そう見えるか?」  軽口に対し、肩越しにちらりと視線を流せば、兵は馬を進ませて肩を並べた。 「何が気になってんのや。近隣の野盗はかなりのしといたんやけど。アスランディア神殿の鬼畜外道な人使いの荒さ、さすが太陽のお人やと思ったわ。連日やで。毎朝神殿から出撃、ときに野宿で泊まり込み、とにかく野党を追い回し」 「ああ、そうだな。やっぱりアーネストは働き者だ。顎で使いやすくていい」 「慣用句きちんと勉強しとこうな。それおかしいやろ」 「問題ない」  そっけなく言って、ラムウィンドスは視線を前方に向けた。   すでにそこには、権勢を誇るマズバルの外壁が長く伸びて視界に入り込んでいる。  もはや見慣れた、我が家であるところのオアシス。 「しかしまぁ、ようこれだけの規模の人員物資を、この砂漠で摩耗せずに動かすよな」 「砂漠の旅をした身としては、実感がこもるとこだな。お前もよく姫を無事に連れてきてくれたよ」  視線を前に向けたまま、眉目秀麗な横顔をさらして言うラムウィンドスに、マズバル兵の隊服を着こんだアーネストはすっと青い宝石のような目を細めた。 「ほんとやなぁ。姫さん危なっかしいお人やからなぁ。どこの町でもはぐれんように手ぇつないで歩かないと、すぅぐふらふらしよるし。オアシス間を行き来する行商人に、用心棒を買って出て同行することも多かったんやけど、野宿するときなんか抱えて寝とらんと、あちこちから狙われとるし」  しん……と沈黙が訪れた。  馬の足音や、砂漠を吹き抜けてきた風の音、もしくは町への期待をはずませた後続組の話し声など、雑多なざわめきは種々あったのだが、二人の間にはいやに静かな空気が流れた。 「なんや」  薄い笑いを浮かべてアーネストがさらなる追撃を試みようとしたところで、ラムウィンドスが前を向いたまま常と変わらぬ口調で言った。 「お前の男気には感謝するよ。傷一つなく姫を送り届けてくれたんだからな。俺だったら旅が始まった途端に髪の毛一筋から足の指一本に至るまで全部自分のものにしていただろう。本当に、同行者はお前で正解だった。そこはゼファードに心から感謝している」 「……おい」  アーネストは声を低めたが、ラムウィンドスは気にした様子もない。イライラした様子を隠しもせずにアーネストはこれみよがしな溜息をついた。 「寄るな野蛮人って嫌われとったくせに、よう言うわ」 「ああ。そんなこともあったな。だから今は寝顔だけで我慢している。そろそろ限界だ」 「うっわ。姫さんの一大決心を『そんなこともあったな』で片づけて、意識のないときにすかさず寄るとか、滅茶苦茶卑怯な男やな……」  呆れて責め立ててから、ふとこの男妙なことを口走ったな今、と思い至る。限界? 「俺はアーネストほど気が長くない。目の前に姫がいるのにこれ以上のお預けは御免被る。……お前に煽られたことも忘れないからな。よく覚えておくよ」  目が合った。  切り込み隊長殿の眼光だった。  絶対に絶対にセリスの啖呵も「そんなこともあったな」じゃない。完全に根に持っている。 「あかん……。どうにかして姫さん逃がさんと……。あかん……」  頭を抱えたくなったアーネストに、ラムウィンドスは極めて低い声で独り言のように呟いた。 「逃がすわけないだろ」
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