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マズバルからの伝令が、ラムウィンドスに二、三の伝言を告げて、そのまま一行に加わった。
正規兵ではないアーネストは一端身を引いていたが、ラムウィンドスの目配せを受けて再び馬を寄せる。
「アルザイ様が城下に下りているらしい。一足先に自分の目で見ておくつもりだろう」
「非公式か。落ち着きない君主を持つと苦労が絶えんな」
「公式には重臣である俺が一行を出迎えることで、軽んじてはいないと表明する程度だからな。隊商の目的地がマズバルなら全力で歓迎するが、向かう先はローレンシアだ。アルザイ様に手土産くらいはあるとしても、大半が素通りする以上、あまり賓客扱いしても具合が良くない。とはいえ、アルザイ様の手の内で何かあれば面目は丸潰れとなる。……潰しに来ている奴がいないといいんだけどな」
最後の一言には、確信めいた厳しい響きがある。
東の大国から西の帝国への朝貢品。
もしその隊商が暴徒に襲われた場合。「誰」の面目が潰れるかは「何処で襲撃を受けたか」に大いに左右される。
その意味では、近隣隊商路の安全確保はもとより、マズバル市内での揉め事も避けたい。
アーネストも片頬を歪めて、脅威の名を口にした。
「草原。アルファティーマやね……」
勢力を伸ばした遊牧民が築いた国、アルファティーマ。
オアシス諸都市と西の古き帝国ローレンシアの間の広汎な大地を支配しつつ、瞬く間に権勢をほしいままにしている。
現在は何かと理由をつけて帝国と小競り合いをしているが、オアシス諸都市も当然攻略対象に入っているはずだ。とかく好戦的なお国柄、隊商都市と対等に付き合うよりは、隷属させた方が何かと実入りがいいと考えているのは間違いない。
「東の大国からローレンシアへ向かう一行が、アルザイ様の領域で壊滅させられた場合、東からも西からも砂漠は軽んじられることとなる。場合によっては双方から責任も追及される。それが弱体化の一因となれば、一番得をするのは、もちろんアルファティーマだな」
ラムウィンドスの口調はそっけないが、緊張感が漂っている。
「隊商交易都市を自認している以上、『面倒だから寄るな、来るな』とは言えへんからね。つつがなく通り過ぎてくれるのを願うばかりっちゅうことやな」
意を汲んでアーネストがこたえると、ラムウィンドスは重々しく首肯した。
「隊商がマズバルで市をたて、ひと稼ぎしていくとあらば、税収入も大いに期待できる。こちらにも益はあるんだ。とはいえ、ただでさえ人の流入の多い都市の性質上、怪しい奴は駆除してもしきれない」
「警備担当としては頭の痛いところで」
他人事のように揶揄したアーネストに、ラムウィンドスはすっと視線を流した。
視線を感じてはいても、アーネストは素知らぬふりを通した。
やがて、ラムウィンドスがため息交じりに言った。
「やっぱりお前の美形は度が過ぎているな」
「そうなんやろうね。言われ慣れてるわ」
驚きに目を瞠られるのも、一挙手一投足をなめるように見つめられるのも。
雑踏を歩くだけで、いくつもの目がその容貌に縫い留められるのは、もう気にしないことにしている。
青い宝石を思わせる瞳、高い鼻梁、涼し気な顔立ちを印象付ける形の良い唇。蜜色の髪のかかる耳元には青の耳飾りが揺れている。
日に灼けていてさえ、雪花石膏を思わせる肌の質感も失われていない。
東の大国とも、砂漠の民とも違うその色合いや顔立ち。
それは、面差しが似ているわけではないセリスやラムウィンドスにも、共通するものがある。
「イクストゥーラとアスランディアは特異点だ。地理的に離れているはずなのに、肌の色や顔の系統はローレンシア系だ。……お前もそこまで美形でなければ、間者として使いようがあったんだろうが」
惜しい響きのある声に、アーネストは「可能性潰さんといて」と小さく噴き出した。
「顔を目立たなくさせる方法なんて、いくらでも」
「あるだろうが、勿体ない。とはいえ、お前のその性格だと色仕掛けにも向いていないしな」
ゴホっとアーネストが咳込んだ。砂埃でも吸い込んだような唐突さだったが、ラムウィンドスは特に気にした様子もない。
「色仕掛け……」
アーネストは、妙に苦い独り言をもらしている。
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