──都市の外──

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「お前がそのへん器用だったら、タチが悪すぎて手に負えないだろうさ。幸いにも姫には何も通じていないようだが……。ああ。うちの姫には、な。あちらの姫君、ライア様にははどうか知らんが」 「なんやの。うちの姫とか、あちらの姫とか」  妙なことを口走られる前にとアーネストが警戒心をむき出しにしたものの、ラムウィンドスはくすりと小さく笑みをこぼしただけだった。 「言い方が悪かったなら言い直そう。『俺の姫には』通じなかったらしいが、ライア王女はあてられていたみたいだな。婚約も立ち消えているし、ライア様に関してはアルザイ様も気にしないだろうが」  ()()姫。  勝気過ぎる牽制。  一方で、いまアーネストが触れられたくないライアの名前まできっちり会話に織り込んでくるあたり、「嫌な奴やなぁ」としか言いようがない。 「どいつもこいつも、お姫さんをオレに押し付けようとしやがって……」 「昨日、神殿に帰ったはずだが、今日はまたずいぶん眠そうだ。寝られなかったのか?」  思わずのようにアーネストが毒づくと、ラムウィンドスが口の端を釣り上げて笑った。  何をどこまで知っているのか、アーネストは腹の探り合いは早々に放棄して言った。 「寝られんかったねえ。ああ、寝られんかったわ。どこぞのお姫さんを朝まで泣かしていたせいで」 「なるほど」  実にすみやかに会話を終結されかけて、アーネストはイライラと言い募った。 「おい、そこで終わらすなや。説教しとったんやけど。誰や、お姫さんに変なことふきこんだ紫目の神官って」 「紫」  ラムウィンドスの視線が宙をさまよう。わかりやすい感情が浮かぶことはなかったが、何かしら感じ入った様子はあった。 「まだあの人に会ってなかったのか……。会わないですむならその方がいいだろうが、ことはそう単純ではない……」 「なんや」  ぶつくさ思わせぶりに呟いてからに、と機嫌を傾けたアーネストに対し、ラムウィンドスは無言のままゆるく首を振った。あまり話題にはしたくないようだった。  苦手な相手やの? と煽ろうとしたアーネストだが、ラムウィンドスの横顔が常になく強張っていることに気付いて軽口をひっこめる。  ふと、何かの気配を感じたようにラムウィンドスが空を見上げた。  鷲が一羽、大きな翼を広げて悠然と飛んでいた。  風は強くない。オアシスが近いせいもあってか、空気には瑞々しさがある。その空気を深く吸い込んで、アーネストは吐き出した。 「余裕ないやっちゃな」 「そう見えるか」 「腹痛そうな顔には見えるで」 「腹……。まあ……、嫌な予感がする。アルザイ様まで市中に出て来るくらいだから、この予感は本物のようだ。予定ではこのまま隊商は東門をくぐり、列柱道路を進んで、神殿群近くの広場に誘導するんだが……。『紫』も何か掴んでいたようだが、何が起きるかまでは掴み切れていないとのこと。アルファティーマは必ず仕掛けてくるとみて間違いないんだが」 「この隊商自体、用心棒も雇ってるやろうし、マズバルの軍も警戒しとるのに、それでも……?」  ラムウィンドスは肩越しに後方に目を向ける。 「寄るな、来るなと言えたら楽なんだがな。杞憂では終わらないだろう」  それでも、ここまで来て隊商に「疑念が消えないので都市に入る」なとは言えない。  ここのところ、マズバル側として考えられる限り警戒は強めてきたのだ。  進むしかなかった。  大空をのびのびと飛んでいた鷲は、ゆっくりと降下を開始した。  やがて、隊商の後続部隊に狙いを定めたように滑空し、その姿を消した。
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