はじまりの予感

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「予感か。無くはないが。それはそれとして」  アルザイはセリスに歩み寄ると、一瞬躊躇ってから、背に腕を伸ばした。軽く触れられてセリスが身体を強張らせる。アルザイは、いささか困ったような笑みを浮かべてセリスを見下ろした。 「俺じゃないだろ」 「何がですか」 「死ぬときにそばにいるのは」  そのとき、ライアがちらりとアルスに目を向ける。片目を瞑って、笑顔にて応えたアルスが小声で(うそぶ)いた。 「なんの話してるんだろうね我が王と月の姫は。死ぬ死なないの話題から早く離れなよ。そう思わない?」  水を向けられたライアは深く頷いて言った。「同感です」  一方、アルザイの言葉に真剣に耳を傾けていたセリスは、一心にアルザイを見上げて真意を探ろうとしていたが。  唐突に、頭の中でつながってしまった何かのために、カッと頬を朱に染めた。 「何を……。アルザイ様、いま、誰の名前を言わせようとしましたか!?」 「遅ぇな。だいたい、何も言ってないぞ、俺は。ラムウィンドスだなんて」 「言い直さなくていいですから!!」  両方の拳を握りしめて、興奮のために目を潤ませてアルザイに言い募るセリスを見て、ライアは吐息した。アルスは遠慮なく噴き出していた。失笑の類だった。 「姫、落ち着け。震えてる」  アルザイが呆れ切った様子でセリスに声をかける。  そのついでに、悩みなど彼方に捨て去ったしれっとした表情で付け加えた。 「姫が最後に一緒にいたい相手としてラムウィンドスを思い浮かべたのかは知らないが、俺と一緒に死んでもいいって言質はとった。十分だ」  セリスがアルザイの胸倉に手を伸ばした。アルザイは面白そうに目を細め、されるがままに捕らわれた。 「それは、だって、共に死んだからといって、死後離れ離れにならない確約などどこにありますか!? 天国への道が一本で、手を繋いでいけるなんて、誰が決めたんですか!? わたしはそういう不確かなものに懸けたいと思ったことなど一度もありません!! あの人と死にたいと思ったことなんかないんです。あの人には生きていてほしいし、そもそも死ぬはずがないし……」  アルザイが、胸倉を掴んだセリスの手に手を重ねて外させながらライアに目を向ける。 「女というのはかくも激しい生き物か」 「あなたがそのご年齢で女性をよく知らないのは、まあいいとして。セリスを見て女性一般についての考察を深めるのは危険だと思います」  ライアの棘のある言葉に、アルザイはふん、と鼻で笑う。  その背後で、アルスが珍しく険しい顔をして言った。 「私は一応宗教家だからね、そういう天国観語られると、なんていうか(たま)らないものがあるね」  それから、思い出したように細身の剣とナイフを法衣のどこかから取り出した。 「そうだ、姫君たちに渡しておく。何もなければいいのだけれど、何かあったときに身を守るものは持っていた方がいい。……それであなたがたがどれだけ戦えるのか、知らないけどね」  投げやりな言葉とともに部屋に入り、二人に武器を配ってからすぐに廊下に引き返す。 「さて、無駄話しかしていないし、私は先に行く。頃合い的にそろそろ先頭集団が東門をくぐっているだろう。何事もなければ……とは、言えない空気なんだよね。アルファティーマと取引のある商人や店は私の方であらかたおさえているが、どうも何か裏をかかれそうな気がするよ。……気をつけてね。砂漠の盟主、黒鷲の王」  警告めいた呟きを最後に、そのまま立ち去った。 「誰のせいで無駄話になったと……」  言いながら、アルザイはセリスの背に再び腕をまわした。  セリスに振り払うそぶりはない。アルザイはほっと小さく息を吐いた。 「姫。話はまた後で。今は面白い見世物があるから見に行こう。ライア王女も」 「もう王女ではないわ。名前で結構よ」  肩越しに振り返られたライアは薄く笑って、首を振る。ほんのいっとき視線を絡めて、アルザイは「承知した」と短く呟いた。 「見世物ですか……アーネストにも会いたかったんですが」  促されて歩きながら、あまり納得がいってない様子でセリスは呟く。 「ああ。あいつも遊んでいるわけがない。かなりアルスとラムウィンドスにいいように使われているようだな。たぶん、今頃ラムウィンドスに合流している」 「ラ」  セリスは不自然な声をもらして、それきり話すのをやめた。  (こら)えきれなかったように、少しの間を置いてアルザイとライアが同時にふきだした。
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