獲物

2/3
前へ
/265ページ
次へ
 マズバル正規兵の黒装束に、首元には白い布を巻き付け、素顔は白日にさらした水が滴るとはかくやという美青年。  すらりと剣を抜いて立ちはだかっている。 (元気そう)  セリスは懐かしさすら感じる彼の姿に口元をほころばせた。  一方、少年はセリスを抱く腕にわずかに力を込めた。 「……なるほど。すごい美人」  何やら得心がいったとでもいうような呟き。 (アーネストを知っている? やはりこの人はイクストゥーラから来ている……?)  おそらく、セリスとアーネストの容姿や特徴を、誰かに聞いているのだ。誰かに。 「おろしてください」  セリスの呼びかけに、少年は速やかにセリスをその場に下ろした。 「姫さま、そのままこちらへ」  アーネストが、目を少年に向けたまま言った。  セリスはごくりと唾を飲み込んで、少年を見上げる。  黒い瞳がしずかにアーネストを見ていた。伏し目がちに見えるのは、睫毛が長いせい。下から見ればその瞳がひどく澄んでいるのがわかる。  話す間にも、人馬やラクダが連なり包囲がなされていく。一触即発の、獰猛な気配。それは少年に対しての怒りに満ちていて、誘拐を阻止するための善意とはとても思われない。セリスにとっても、脅威でしかない。 (これ以上囲まれたら、突破が難しくなる) 「アーネスト……」 (戦わないで)  セリスは視線を向けて名を呼んだ。けれど言外に込めた思いなど、きっと通じない。アーネストの冴え渡った青の瞳は、少年を苛烈に睨み据えている。 「姫君は貰い受けます」  少年は平淡な調子で言った。  アーネストは違和感を覚えたように小首を傾げたが、少年の姿を上から下まで見つめて軽く首を振った。 「抜かせ。あのアホンダラが来るまでにカタつけたるわ」 「アホ……? 何?」  少年が口の中で、呟く。 (もしかしなくても、たぶんそれはラムウィンドス)  誰のことを指しているのか思い当たったセリスは、少年に対して小声で言った。 「すごく強い人が来ます」 「ああ。太陽王家」  意図は通じたようで、少年が頷く。そして、手を伸ばすと、セリスの手をとった。 「おい」  アーネストの低音の呼びかけなど聞こえていないかのように、少年はセリスを見つめて言った。 「好きなんだっけ?」  捕まった手が、少年の手に弄ばれている。指の一本一本を絡めとるように手を合わせられたり、軽くひかれたり。  セリスはそれを振り払おうとしたが、逆に強く握りしめられた。 「何を突然誰がそんなことを」  まわらない舌でなんとか言えば、少年は不意に口元を覆っていた布をとった。  その、顔。  ()()()。  声を聞いたときと同じか、それ以上に強烈な感覚。眩暈に襲われる。  知ってか知らずか、少年はすばやく言った。 「ゼファード様に聞いてる」  次の瞬間には、セリスの手を強く引き寄せて、身体ごと捕らえて抱きしめている。 「エイヴロン!!」  
/265ページ

最初のコメントを投稿しよう!

78人が本棚に入れています
本棚に追加