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マズバル正規兵の黒装束に、首元には白い布を巻き付け、素顔は白日にさらした水が滴るとはかくやという美青年。
すらりと剣を抜いて立ちはだかっている。
(元気そう)
セリスは懐かしさすら感じる彼の姿に口元をほころばせた。
一方、少年はセリスを抱く腕にわずかに力を込めた。
「……なるほど。すごい美人」
何やら得心がいったとでもいうような呟き。
(アーネストを知っている? やはりこの人はイクストゥーラから来ている……?)
おそらく、セリスとアーネストの容姿や特徴を、誰かに聞いているのだ。誰かに。
「おろしてください」
セリスの呼びかけに、少年は速やかにセリスをその場に下ろした。
「姫さま、そのままこちらへ」
アーネストが、目を少年に向けたまま言った。
セリスはごくりと唾を飲み込んで、少年を見上げる。
黒い瞳がしずかにアーネストを見ていた。伏し目がちに見えるのは、睫毛が長いせい。下から見ればその瞳がひどく澄んでいるのがわかる。
話す間にも、人馬やラクダが連なり包囲がなされていく。一触即発の、獰猛な気配。それは少年に対しての怒りに満ちていて、誘拐を阻止するための善意とはとても思われない。セリスにとっても、脅威でしかない。
(これ以上囲まれたら、突破が難しくなる)
「アーネスト……」
(戦わないで)
セリスは視線を向けて名を呼んだ。けれど言外に込めた思いなど、きっと通じない。アーネストの冴え渡った青の瞳は、少年を苛烈に睨み据えている。
「姫君は貰い受けます」
少年は平淡な調子で言った。
アーネストは違和感を覚えたように小首を傾げたが、少年の姿を上から下まで見つめて軽く首を振った。
「抜かせ。あのアホンダラが来るまでにカタつけたるわ」
「アホ……? 何?」
少年が口の中で、呟く。
(もしかしなくても、たぶんそれはラムウィンドス)
誰のことを指しているのか思い当たったセリスは、少年に対して小声で言った。
「すごく強い人が来ます」
「ああ。太陽王家」
意図は通じたようで、少年が頷く。そして、手を伸ばすと、セリスの手をとった。
「おい」
アーネストの低音の呼びかけなど聞こえていないかのように、少年はセリスを見つめて言った。
「好きなんだっけ?」
捕まった手が、少年の手に弄ばれている。指の一本一本を絡めとるように手を合わせられたり、軽くひかれたり。
セリスはそれを振り払おうとしたが、逆に強く握りしめられた。
「何を突然誰がそんなことを」
まわらない舌でなんとか言えば、少年は不意に口元を覆っていた布をとった。
その、顔。
既視感。
声を聞いたときと同じか、それ以上に強烈な感覚。眩暈に襲われる。
知ってか知らずか、少年はすばやく言った。
「ゼファード様に聞いてる」
次の瞬間には、セリスの手を強く引き寄せて、身体ごと捕らえて抱きしめている。
「エイヴロン!!」
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