密約或いは

2/3
前へ
/265ページ
次へ
「お話し中失礼。セリスに関しては、アーネストが食らいついていくところまでは見ました。戻って来ない理由はわからないけど、きっちり追跡はしていると思います。それと、攫った人にはあまり脅威は感じなかったんですよね。セリスも覚悟の上で攫われたように見えました」  二人のやりとりを見守っていたライアが、見かねて口を出した。  ライアに目を向けて、しずかに耳を傾けていたラムウィンドスは小さく頷いた。 「貴重な証言をありがとうございます。ライア様はよほど使える──」  言いかけて、わざとらしくアルザイの腕を掴み、顔をのぞきこむ仕草をした。 「別にあなたに、使えない男だなんて言ってないですよ」 「思いっきり俺の前で俺の目を見て言いやがったな」  肩をそびやかして、ラムウィンドスは黙ったままのイグニスに目を向けた。 「俺の顔に何かついていますか」 「目と耳と鼻と口」 「ああ、それはそれは。普段『無口』とよく言われるんですが、ありましたか」  極めて感動の薄い調子で言ったラムウィンドスに、イグニスは唇に笑みを湛えて薄く笑った。 「今のがあなたの『冗談』か。なるほど、ここは笑うところか」  そのままゆったりとした仕草で、部屋の中央に置かれた長椅子に足を向け、腰かける。 「結構、落ち着いているな。冷静だ。そういう話し方をするのか。私は()()()と話したことはないが、似ているんだろうか」  しどけなく背もたれに背を預け足を組み、イグニスはラムウィンドスに視線を流す。  黙して受け、軽口はない。  最前までとは違うラムウィンドスの慎重な姿勢に、「なるほど」と呟いて口の端をつりあげた。卓にあった陶器の盃を取り、傾ける。赤い筋が唇の端から垂れて、盃を離すと手の甲で拭った。 「手が震える。それほど血を失った覚えはないんだが」 「射たれたのは、連絡橋の上だとか。通過したときに、あなたの姿も見ました。この男や姫たちと一緒にいましたね」  イグニスは答えず、盃の中をのぞきこんだ。それから、アルザイへと視線を向ける。 「その男が誰かは、私はまだ名乗りを受けていない。この後、『まさかあなたが、あの黒鷲殿ですか』とすごいめぐり合わせに驚く手筈だから、今この場で明かす必要はない。まだ出会っていない(てい)で話を進めたいんだ」 「そういう、食えない男ごっこに付き合わされるのは御免被ります。回りくどい話をしている時間はさすがにない」 「さて、どの口がそんなつれないことを言うんだ」  イグニスはラムウィンドスを軽く睨みつける。  その時、ドアの外の兵士から室内に声がかけられた。    
/265ページ

最初のコメントを投稿しよう!

78人が本棚に入れています
本棚に追加