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呼びかけに、彼は目元に笑みを滲ませたまま「ラムウィンドスでいい」と答えた。
続けて言った。
「そのエルドゥス王子という方が、あなたの話の通り優秀ならば、隊商のアルファティーマ勢を掌握している可能性は?」
「そこが……、なんとも言えません。あなたの叔父君であるサイードは、第一王子派です。おそらく、隊商に紛れてのローレンシア攻略という名目の傍ら、実際は第一王子にとって目障りなエルドゥス様を始末するべく動くはず」
「なるほど。あなたのその見立てが正しければ、隊商内のアルファティーマ勢は、割れているということか。そして、王子殺害といった重大な問題を起こすとすれば、ここマズバルで、ということになりそうだな。第一王子派、第三王子派のアルファティーマ勢が、互いに『マズバルの何者かに襲われた』体で殺し合うと」
「ありえると、考えています」
「誰も彼も欲張りすぎる」
笑いを収めて、ラムウィンドスが平坦な調子で呟いた。
「帝国の弱体化を望む東国は、アルファティーマを使って帝国に打撃を与えたい。そのついでに隊商都市の力を削ぎたい。アルファティーマは内部の争いの芽を摘みつつ、東国に良い顔をしながら帝国に攻め上りたい。さてそこで帝国の少女王は……、今現在命が危ぶまれている敵国の王子を救いたいと?」
「エルドゥス様の無事を確保した暁には、イグニスは必ず我が主にマズバルで受けた恩義を余さずお伝えするでしょう」
「それはそれは。我々に、随分と危ない橋を渡らせようとしているように思えるのだが」
列柱の道が途切れ、大きな通りに出る。
行き交う人の姿がある。兵士もいるが、一般市民とおぼしき男女も夕暮れの風を楽しむようにゆったりと歩いている。
うつくしき砂漠の真珠。黒鷲の主に守護された富める都。
「エルドゥス様と、ぜひお会いしてください。サイードが勝てばマズバルに何らかの汚名を着せるでしょうが、あの方が勝てば隊商が抱えたすべての企みを白日の下にさらし、マズバルの無実を証言してくれるはず」
足を止め、ラムウィンドスはラスカリスに向き直る。
太陽王家を思わせる、金色がかった瞳には、不敵な輝きがあった。
「さて、雲をつかむような話、というべきか。果たして砂漠の空に雲はあるかな」
「雲……」
圧されて、口をつぐむラスカリス。
ラムウィンドスが、不意に表情を和らげた。笑った。
「王子の顔を知らない。俺にはあなたが必要だ。急ごう」
返事を待たずに歩き出し、息を止めていたラスカリスも遅れまいと同時に足を前に進める。
胸には痛みがあった。
必要だ、と言われた瞬間に強い衝撃があった。
この人に信頼を受ける為には、どうすれば良いのだろうか。頭を占めていく考えに陶然とする。
仕えるべき主は、遥か西にいる。細い肩に古き帝国を背負い、もがいている少女王。心はすべて捧げている。そこに嘘偽りはないし、自分は必ず主の許へ戻るという確信はある。
しかし可能性の一つとして、もし目の前のこの男が主君であったらと考えてしまっただけだ。
先程目にした黒髪の王の気迫も余人を寄せ付けないものがあったが、この『太陽』もまた。
(砂漠の覇王たる宿業を背負っているのではないか)
そう思って見てしまえば、その一挙手一投足にもう目を奪われてしまう。
乱れのない厳格な服の着こなし、冷たく整った横顔。人を寄せ付けない空気をまとう彼が、辺りを明るく照らすように笑う瞬間を待ち望んでしまいそうになる。
ラスカリスの視線を知ってか知らずか、ふっとラムウィンドスが唇に笑みを浮かべてラスカリスを見た。
「俺はサイードの叔父上に似ているか」
「ああ、はい。よく……」
「なるほど。ではもし殺し合うことになったら、その死に顔をよく見ておこう」
不敵にして豪胆な笑みはそのままに、冗談とも本気とも知れぬ口調で嘯いた。
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