【第二部】 砂漠からの風 砂漠の黒鷲

2/3

78人が本棚に入れています
本棚に追加
/265ページ
 セリスは手に持っていた剣を構えた。逆さ手に持ち、自らの首筋に向けて。  そこに、アーネストが走り込んできた。 「おや、姫君がもう一人」  にやにやと笑みを浮かべたまま、男が言う。 「オッサン、寝ぼけとるんか。ずいぶん気持ちよさそうに寝てる(もん)もおるけど、お前ら全部寝不足やったんか? そんなに王宮の廊下は寝心地が良いんかの」  荒く息をしていたアーネストだが、数度で呼吸を整え、吐き捨てるように答える。  廊下にはイクストゥーラ兵の他に、黒衣の男たちも何人も折り重なっていた。まだ数人が剣を合わせているが、増援も駆けつければ勝敗は明らかといった戦況だった。 「一応精鋭揃えてきたんだけどな」  辺りを睥睨した男が、つまらなそうな声をあげる。大げさに掌で顔を覆い、その直後には短剣を構えていた。セリスの目では追えない速さだった。  アーネストもまた、先ほどまで軽口を叩いていたのが嘘のように、全身から殺気を漂わせていた。  セリスは、ただただ呆然としていた。黒衣の男も恐ろしいが、アーネストもまた底が知れない。  怯えきった気配でも感じたのか、ふっと緊張をといたアーネストが肩越しに振り返る。いつもと変わらぬ春の陽だまりのような笑みを浮かべて口を開いた。 「姫さま、怖がらんでええよ。あんな見掛け倒し、すぐにしばいたるわ」 「()()()()()……?」  比較的近いところで、ドバゴォと重量感あるものが激しく叩き付けられる音がした。  アーネストの表情にはいささかの陰りもない。  あれ、今の聞き間違いかなとセリスは思った。アーネストの発言、言葉として理解できなかった。ほんのりと「物騒な感じかな」と想像はできるが、思考がうまくまわらない。  せめて笑顔には笑顔でこたえなければと思い、無理矢理顔の固まった筋肉を動かし、微笑を作り上げて頷いてみせた。  アーネストは目を細めて、セリスの持つ剣の刃を指でつまんで切っ先を逸らした。黒衣の男へと向くように。 「姫さま、剣はなあ、最後の瞬間まで敵に向けておくんや。約束やで。アホなことせんでな。もう、あらかた()()()まったけど。カンニン、姫さまの分とっておくの忘れとった」 「全然いいと思います」 「遠慮してたら強くなれへんで」  親切にも会話が終わるのを待っていてくれた黒衣の男が口を開く。 「話はすんだかい、お嬢ちゃんたち」  アーネストは構えた剣をカチリと鳴らして返事としたらしかった。  そこに、落ち着き払った声が割って入った。 「そこまでだ。横取りして悪いが、あれは俺の獲物なんだ」
/265ページ

最初のコメントを投稿しよう!

78人が本棚に入れています
本棚に追加