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(ラムウィンドス……! ご無事で!!)
「総長、そらないわ。オレいま結構、キテんで。あいつの血ぃ見るまでおさまらんわ」
「うん。わかる。わかるが、ここは俺に免じて下がれ。あの小汚いおっさんが死ぬほどむかつくのは俺も同じなんだが、殺すと少しまずい」
部下のただならぬ興奮を知ってか、普段はきわめてそっけない話しぶりを徹底している総司令官が、珍しく丁寧な説明を試みていた。アーネストは憮然とした様子で上司を睨みつけ、吐き出す。
「了解」
やりとりをつまらなさそうに見ていた男が、ぼそりと呟く。
「ラムウィンドス、お前も大概にしろ。『砂漠の黒鷲』と言われるこの俺に対して、そこまで言える奴はなかなかいないぞ」
「たいそうな二つ名だが、イクストゥーラには聞こえていないな」
男は口元を大いにひきつらせ、ラムウィンドスから視線を外し、辺りに目を向ける。
「相変わらずの剣の冴えだ」
廊下のあちこちで呻き声が上がった。倒れていた何人かがゴロゴロと鈍く動いている。
「……怪我人は……」
廊下に血の流れた跡がない。そればかりか、さきほどまで避難していたはずの女官達が、倒れた者たちの介抱にあたっているようだった。イクストゥーラ兵、黒衣の男問わず。
ラムウィンドスがそっけない調子で答える。
「骨折くらいはいるだろうが、実際に斬りあったわけではない。いつものことだからお互い了解している。離宮からきた兵たちは、知らなかったんだよな。騒ぎが大きくなってしまった。ああ、あとアーネストも。これは練習試合だ」
「試合」
セリスとアーネストが同時に言った。
「わたしは……責任のようなものを感じて、助けなければならないと思ったんですけど」
「姫が? 誰を?」
本気でわかっていない様子で聞き返され、セリスは押し黙った。まさか、いまわたしの目の前にいる人をです、とは言えない。なんだか猛烈に情けない気分に襲われた。その落ち込みきってうなだれたセリスの様子を、ラムウィンドスは不思議そうに覗き込もうとした。アーネストの呼びかけがそれを遮った。
「ちょい待ち、総長。オレは何の話かわからんのやけど。もしかして、直前に雑魚も殺すなって言ってたのはそのこと?」
「ああ。詳しく話しているひまがなかったのは悪かったな」
そのとき、とても聞こえよがしなため息が一つ。
「なんだか色々と終わったあとらしいね」
殺伐とした場にあっても、どこか優雅ささえ漂わせた声。ひどく懐かしい気がしてセリスはそちらを見た。そこには、思った通り敬愛する兄の姿があった。心なしかいつもより老け込んだように見えた。おそらく、その疲れきった表情のせいだろう。
「おぉ、ゼファード! 遅かったな!」
「私はこんな馬鹿げた遊びに混ざるつもりはないですから。ほんっとに、いくつになってもお元気でいらっしゃる、アルザイ殿下」
アルザイと呼ばれた男は、爽やかに片目を瞑って笑いを弾けさせた。
「言っとくけど俺はまだ二十九歳だ。あと、もうすぐ陛下だからな。間違えるなよ」
腕を組んだゼファードは、かすかに首を傾げた。ラムウィンドスを見て、何か目配せを交わしてから、再びアルザイに向き直った。
「三十歳では?」
「おい、そっちかよ。連合を継ぐって話は聞いてねえのか」
「あいにく。本当のお話ですか」
なおも疑うように返されたのかこたえたのか、アルザイは嫌そうに腕を組む。
「本当だ。それで、折り入って話があってわざわざきたんだよ」
「なぜだろう。とても聞きたくないんですが」
「まず聞け。国を継ぐことでこの俺もいよいよ身を固める必要が出てきてな。そこでものは相談なんだが、『幸福の姫君』をもらいにきた。俺にくれないか」
そう言ったアルザイは、ぼんやりと話を追いかけていたセリスに目を向けると、頬を歪めてにやりと笑った。
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