【第二部】 砂漠からの風 砂漠の黒鷲

3/3

78人が本棚に入れています
本棚に追加
/265ページ
(ラムウィンドス……! ご無事で!!) 「総長、そらないわ。オレいま結構、キテんで。あいつの血ぃ見るまでおさまらんわ」 「うん。わかる。わかるが、ここは俺に免じて下がれ。あの小汚いおっさんが死ぬほどむかつくのは俺も同じなんだが、殺すと少しまずい」  部下のただならぬ興奮を知ってか、普段はきわめてそっけない話しぶりを徹底している総司令官が、珍しく丁寧な説明を試みていた。アーネストは憮然とした様子で上司を睨みつけ、吐き出す。 「了解」  やりとりをつまらなさそうに見ていた男が、ぼそりと呟く。 「ラムウィンドス、お前も大概にしろ。『砂漠の黒鷲』と言われるこの俺に対して、そこまで言える奴はなかなかいないぞ」 「たいそうな二つ名だが、イクストゥーラには聞こえていないな」  男は口元を大いにひきつらせ、ラムウィンドスから視線を外し、辺りに目を向ける。 「相変わらずの剣の冴えだ」  廊下のあちこちで呻き声が上がった。倒れていた何人かがゴロゴロと鈍く動いている。 「……怪我人は……」  廊下に血の流れた跡がない。そればかりか、さきほどまで避難していたはずの女官達が、倒れた者たちの介抱にあたっているようだった。イクストゥーラ兵、黒衣の男問わず。  ラムウィンドスがそっけない調子で答える。 「骨折くらいはいるだろうが、実際に斬りあったわけではない。いつものことだからお互い了解している。離宮からきた兵たちは、知らなかったんだよな。騒ぎが大きくなってしまった。ああ、あとアーネストも。これは練習試合だ」 「試合」  セリスとアーネストが同時に言った。 「わたしは……責任のようなものを感じて、助けなければならないと思ったんですけど」 「姫が? 誰を?」  本気でわかっていない様子で聞き返され、セリスは押し黙った。まさか、いまわたしの目の前にいる人をです、とは言えない。なんだか猛烈に情けない気分に襲われた。その落ち込みきってうなだれたセリスの様子を、ラムウィンドスは不思議そうに覗き込もうとした。アーネストの呼びかけがそれを遮った。 「ちょい待ち、総長。オレは何の話かわからんのやけど。もしかして、直前に雑魚も殺すなって言ってたのはそのこと?」 「ああ。詳しく話しているひまがなかったのは悪かったな」  そのとき、とても聞こえよがしなため息が一つ。 「なんだか色々と終わったあとらしいね」    殺伐とした場にあっても、どこか優雅ささえ漂わせた声。ひどく懐かしい気がしてセリスはそちらを見た。そこには、思った通り敬愛する兄の姿があった。心なしかいつもより老け込んだように見えた。おそらく、その疲れきった表情のせいだろう。 「おぉ、ゼファード! 遅かったな!」 「私はこんな馬鹿げた遊びに混ざるつもりはないですから。ほんっとに、いくつになってもお元気でいらっしゃる、アルザイ殿下」  アルザイと呼ばれた男は、爽やかに片目を瞑って笑いを弾けさせた。 「言っとくけど俺はまだ二十九歳だ。あと、もうすぐ陛下だからな。間違えるなよ」  腕を組んだゼファードは、かすかに首を傾げた。ラムウィンドスを見て、何か目配せを交わしてから、再びアルザイに向き直った。 「三十歳では?」 「おい、そっちかよ。連合を継ぐって話は聞いてねえのか」 「あいにく。本当のお話ですか」  なおも疑うように返されたのかこたえたのか、アルザイは嫌そうに腕を組む。 「本当だ。それで、折り入って話があってわざわざきたんだよ」 「なぜだろう。とても聞きたくないんですが」 「まず聞け。国を継ぐことでこの俺もいよいよ身を固める必要が出てきてな。そこでものは相談なんだが、『幸福の姫君』をもらいにきた。俺にくれないか」  そう言ったアルザイは、ぼんやりと話を追いかけていたセリスに目を向けると、頬を歪めてにやりと笑った。
/265ページ

最初のコメントを投稿しよう!

78人が本棚に入れています
本棚に追加