始まりの日に祝福を

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 言ってしまってから、慌てて、横を見た。  どんな呆れ顔をしているか、確認しようとしてしまった。 「それで閣下が安らかに眠るのなら、仕事の範囲内だわ」  さして表情を変えることもなく、ライアは小首を傾げてイグニスを見た。 「ライア……?」 「はい」  慌てすぎて、名を呼んでしまう。なぜこの距離で改めて呼ばれたのかわからないとでも言うように、瞳に戸惑いを浮かべつつも、ライアは返事をした。 「本当に?」 「確認が必要なほど難しい内容、今の流れのどこにあったの?」 「全部。私は男だし、あなたは魅力的な女性だし、一緒に寝ていたらなんというかその」  言っているうちに、なんて馬鹿な会話だと思った。  どうして、こんなに聡い女性にこんなことを確認しているんだ。初めて同衾する十代の少年でもあるまいし。  少なくとも大人の男女はこんな会話はしない。しないはずだ。断じてしない。するわけがない。 「大丈夫? 今何か面倒なこと考えているよね? 急にやり残した仕事のことが気になり始めたの?」 「仕事なら、悩み始めた時点でたいていどうすべきかの答えが出ている、私は天才だから……」  心配げに問われて、即座に返したものの、感情が昂り過ぎて、やや声が震えた。咳払いをして、仕切り直すことにした。 「その、つまり。私はライアに惹かれているんだ。それを前提として答えて欲しい。私は、ライアと一緒に寝たいんだ」  少しの間、ライアは瞬きもせずにイグニスを見つめた。  やがて、くしゃりと笑みを広げた。 「わかったわ」 「わかってない!!」 「どうして私の答えをあなたが決めるの?」 「どうしても何も。あなたに相応しいのは、あなたを幸せにできる男だ。私がこの眼力にかけて選んでもいい」  胸に手をあててはりきって言ったら、なぜか哀れみの目で見られた。何やらしくじった感に狼狽したが、ライアに容赦なく追撃された。 「愛する少女である皇帝陛下に、エルドゥス王子を捧げたように? そういう趣味なの?」 「そういうというのは……?」 「つまり、『自分の好きな相手に男性をあてがう』のが趣味なの? 大丈夫? 自分じゃだめって発想はどこからくるの? そんなに豪快に皇帝陛下にふられたの?」 「陛下は性愛の対象じゃない。できないことがあれば皇帝のくせにっていじめることもあるけど、抱きたいと思ったことはない」 「それはそれで……だいぶ歪んでいるんだけど。大丈夫なの? 主従関係として……」  明らかに引いた顔をして、ライアは口元をおさえた。  イグニスは目を精一杯見開いてライアを見てから、ゆっくりと瞼を閉ざした。 「ライアには何度『大丈夫?』と言われるんだろう……。そんなに私は大丈夫じゃなさそうに見えるんだろうか」 「疲れてるのよ。寝ましょう」  ライアの手が、控えめにイグニスの手に触れる。それを摑まえて、イグニスはひそやかな声で告げた。 「逃がさないよ」 「結構なことだと思うわ。できれば私があなたを寝台まで運べたら良かったんだけど。さすがにそんなに力はないから手を引いてあげる……っ!?」   落ち着いた声で淡々と話していたライアが、息を飲む。  立ち上がったイグニスが、ライアを抱きかかえていた。 「腕……っ。鍛えてないんだから、折れる……っ」 「そういう心配はやめてほしい。私も男だよ」  慌てた顔のライアを見下ろして、イグニスは小さく噴き出した。 「なによ……っ」 「可愛いなって」  この上なく素直に言って、抱きしめる腕に力をこめる。  顔を上げて歩き出してから、もう一度見下ろした。 「寝台まで待てない」  そのまま、顔を寄せて唇を重ねた。   身じろぎしながらも、ライアは拒むことなくその唇を受け入れて目を閉ざした。  しばらくの後、唇を離したイグニスが、囁き声で告げる。 「今日を始まりの日と旅立った者と、今日をはじめとするあなたと私の『月を呼んだ日』に祝福を」
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