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華がある。
遠目からでも、視界に入るだけで存在感がある。
(共もつけないで、自由に)
回廊の正面から、颯爽と風を切るように早足で進んでくる長身の青年。
白を基調とした立ち襟の長衣。宝石で装飾されたベルトに剣。頭に巻き付けたターバンから、白金色の髪がこぼれていた。
端整な容貌は超然として表情らしい表情はなく、神話の太陽の男神とはかくやという風情。
「ほんとに似てるよね、総司令官殿は。叔父君のサイードに。よく見ると違うんだけど。なんだろうね」
近づくまでの間、イグニスは同行のラスカリスに聞かせるでもなく呟く。続けて「表情が違うかな。サイードの方が生気がある」と。
肩を並べていたラスカリスは、「どうでしょうねえ」とのんびりと答えた。
「総司令官殿、あれで笑うとすごい。太陽みたいに明るい」
「本気で言ってる? そんなこと言われたら笑わせたくなるじゃない」
ちらっと視線をラスカリスに向けて嘯き、イグニスは前に向き直る。
すぐそばまで接近していた、話題の人物の行く手の前にわざわざ立ちふさがり、足を止めさせた。
「こんにちは、ラムウィンドス殿。忙しそうだね」
表情に変化はなく、無言。特徴的な金の双眸が、ひた、とイグニスを見据えた。
さあっと風が吹いて、白金色の髪と翠の宝玉の耳飾りを揺らす。
「イグニス殿。あなたは適当なところで寝てください。食事も。倒れられたら困る」
癖のない澄んだ声。格別に張り上げているわけでもないのに、よく響く。
イグニスが見つめると、ラムウィンドスは伏し目がちにその視線に応えた。まつ毛が長く、優美な印象。決して女性的なわけではないが、造作は隙なく整っている。人の目をひきつける。
(笑うの? あなたが?)
ラムウィンドスの表情を注意深くうかがいながら、イグニスは口を開いた。
「私の健康まで気にしてくれてありがとう。ところで以前から聞いてみたかったんだ、質問させて。ラムウィンドス殿がどうしても守りたい月のゼファード王とは、どんな人物なの?」
金の瞳を軽く瞠って、ラムウィンドスはごくあっさりとした口調で言った。
「昔から、すべてにおいて、なにかと鈍い。いくら体を鍛えても身につかないんだ。絶望的に鈍くさい」
「うん、ラムウィンドス殿。それで質問に答えたつもりになっている? その答えで私が満足するとでも?」
笑顔で食ってかかるイグニス。一方のラムウィンドスは一切の動揺も見せずに続けて言い切った。
「そのくせ、強気だ。恐れを知らないところがある。そういうところは、兄妹で似ている。何ものにも屈しない目をしていて、たとえ首を刎ねられることがあっても、その間際まで相手の目を見ているようなクソ度胸がある。剣を扱うこともなく、弱いくせに。だからこそ、あいつは、俺がこの手で守らなければならない」
弱いから。弱いこそ。
当たり前のように、他人の助けを必要とする。
イグニスは眉をしかめ、目を細めた。
「それは私の知る数多の王たちとは少し違うようだ。黒鷲殿とも、我が君とも違う。弱いならなぜ強くなろうとしないのか、月の王は」
声に苛立ちが滲む。
それを受けて、ラムウィンドスはイグニスの目を見つめながら言葉を紡いだ。
「心が誰よりも強い。それで十分なんだ、ゼファードは。剣を振るうよりも、他にできることがある。もしゼファードが生き延びられるなら、俺は人生のいくらかの難題をあいつに割り振れる。あいつはそれを嫌がりながら全部解決する。……エスファンド先生のような図抜けた天才でも、あなたのように才知ある切れ者とも違う。だけど、あいつが悩みながらも何かを解決する姿が、俺にとっては不思議と頼もしい」
目をそらさず、その話しぶりに耳を傾けるイグニスの前で。
ラムウィンドスは、不意に唇に笑みを浮かべた。
表情の印象が、がらりと変わる。
華やかさに、色がつく。鮮やかに。
(なるほど、彼は太陽王家……!)
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