【第七部】

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「はぐ……れた? お前自分が何言ってんのかわかっとる? わかって言ってんのかこの」  冴え冴えとした美を思わせる目元に、純粋な怒りの感情だけを宿したアーネストが、すっと息を吸う。一瞬にして、アーネストの周囲が異様に張り詰めた空気になる。  肩を並べて、横目で様子をうかがっていたロスタムが「あかん」とアーネストの口調を真似て呟いた。  正面に立ち、まともに怒気をくらっているエルドゥスは動じた様子もない。腕を組んで見るからににこにこと笑いながら「わかっている」と涼しい声で答えた。  ほんのわずかな時間、セリスと二人で走り出したそばから、「はぐれて見失った」と。一人でぶらりと歩いてきて悪気なく言うエルドゥス。さらに、見事なまでに悪気が一切感じられぬ清々しさで付け足した。 「少し手柄を立てさせてあげようかと思っただけだ。俺が見た限り、()()()はすぐに自分を過小評価し、他人の後ろで安心するきらいがある。いまのままだと、この先もずーっと足手まといだ。彼はどこかで変わらなければいけない。それも早急に」 「そんなん、お前に言われるようなことやないわ。もともとあのひとは戦闘には向かんし、生きてそこにいるだけで意味があるひとなんやから、まずは身の安全を」 「過保護」  獰猛さを隠しもしないアーネストを軽くいなして、エルドゥスは目を細めた。腰に手を当て、滑るような足取りでアーネストへと一歩近づく。 「自分がいま何をしようとしていて、どう動かなければいけないか、()はもっと真剣に考えるべきだ。お飾りでいたいなら、こんなところまで来ていないだろう。他人任せにしないで自分でやると決めたなら、その通り動けば良いんだ。周りが甘やかすのがいけない」 「しばくぞクソガキが」 「後でなら、いくらでも相手になる」  アーネストの横でぴたりと足を止めた。視線は前方に向けたまま、砂埃舞う日干しレンガの街並みをその瞳に映して、さらりと言う。 「お前はお前で、無駄話している場合か?」 「その口ぶり、ただはぐれたわけやないな」 「当然。言っただろ、手柄を立てさせてやろうと思ったって。彼にその気があれば、きちんと何か得てくるだろうさ。もちろん、それ相応の危険はあるだろうが」  くっ、とアーネストが奥歯を噛みしめた。口元は布で覆っているが、目の周りの表情がこれ以上なく剣呑なものになる。その目を伏せて、実に苦々しげな声でその名を口にした。 「……ロスタム」 「そうだな。お前は()()()()()()()()()()()()()()。マリクの捜索は俺が引き受ける」  答えるなり、ロスタムはエルドゥスを見て「状況をもう少し詳しく」と言った。その質問は予期していたのだろう、エルドゥスは落ち着き払って答える。 「それを俺が言うと思うか?」  ロスタムは「ぶち殺す」と吐き捨てるように言って、身を翻した。足音が遠ざかるのを、アーネストは殺気をまとったまま背中で聞く。  三人のやりとりを、ナサニエルは口を挟まぬまま傍観していた。  いまはナサニエルこそが()であり、アーネストが護衛すべき相手。マリクと名乗るセリスを、血相変えて探しに行けない理由でもある。もしセリスの身に危険が迫っていた場合は、ナサニエルを囮に立てて周囲の注意をひく。そのために、アーネストはナサニエルこそ仰々しく守っていなければならない。セリスではなく。  不自由すぎる立ち位置。苛立ちから震える右手を左手で押さえて、アーネストはゆっくりとナサニエルを振り返った。 「予定通りこのまま」 「そうだな。先に食事をしていよう。いまのところ騒ぎが起きている気配はない。彼も己の立場に自覚はあるだろうから、いきなり死ぬこともないはずだ」  あまり感情をうかがわせない声で、ナサニエルはそう答える。  エルドゥスは仲間内に漂う一触即発の空気を気にした素振りもなく、「お腹すいたな」と実にのどかな声で言った。  
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