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別離には、笑顔で
口づけは、はじまったときと同じく、唐突に止んだ。
気がついたらセリスは強く締め付ける力からは解放されていた。
あれほど求められていたのにと思うと、触れ合わないことに物足りなさを覚えた。
そんな自分に気づいて背筋を悪寒が突き抜けた。
自分が何か違う、得たいの知れないものになりかけている気がした。
その不安が伝わったのか、背後からラムウィンドスがそっとセリスの手をとり、指を絡めた。
その指は優しかったが、率直で直截な物言いは相変わらずだった。
「姫。俺は謝る気がない」
「ラムウィンドス……」
「叶うことならこのまま、あなたのすべてを奪いたいんだ。他の誰かなんか選ぶ気がなくなるほど、俺を見て欲しかった。俺は冗談を言う趣味は持ち合わせていないので、これはすべて本音だ」
セリスはつないだ指先に少しだけ力を入れた。すぐに、より強く握り返された。それだけで胸がいっぱいになる。
「とはいえ、そんな本音は隠し通す自信はあった。姫が誰を選ぼうとも、ずっとそばで守り続けるつもりだった」
理解が追いつくのに、少し時間がかかった。
間合いをはかっていたかのように、ラムウィンドスは続けた。
「今晩が最後だ。明日からは俺はいない。姫のことは、アーネストあたりに任せることになる。俺ほどではないが、あいつは十分に強い。信頼して欲しい」
「おっしゃってる意味が、よく……」
「姫にはまだ難しい話かもしれない。だから、そういうものだと思って聞いておいてくれ。俺は明日アルザイ様とともに、この国を発つ。アルザイ様が連合の長に立つにあたって、信頼できる部下が必要ということだった。俺はあの人に恩があるし、この国を出る良い機会だとも思って、受けることにした」
「この国を出る……、兄上やわたしのことは」
見捨てるのですか。
その言葉を、セリスは気力で飲み込んだ。
見捨てる気ならアーネストに引継ぎをしないし、こんな話をしにくるわけがない。
ただこれは決断したのだという結果報告で、別れの挨拶ということらしかった。
珍しく、ラムウィンドスはひどくためらいがちに切り出した。
「姫に、ひとつお願いがある」
「なんでしょう」
声が震えないように、短く返す。
ラムウィンドスは、一度咳払いした後、言った。
「もし選ぶなら、ゼファードを」
「それは……」
「俺は王子を守ることもできなくなる。間もなく王位を継ぐ王子にとって、周りからひとがいなくなることがどれだけの痛手か。それだけでなく……俺が王子の敵にまわる」
「意味がわかりません」
(「俺を見てほしかった」そう言ったそばから、違う男を選べという。そして、敵にまわるなどと)
他国に渡った上でゼファードの敵になるということは、つまりセリスにとっても敵ということだろうか。
頭の中で、今日読んだばかりの『歴史』の本の文字がぐちゃぐちゃに駆け巡った。いくつもいくつも駆け巡る中で、セリスはひとつの文章を拾い上げた。
「た、た、か、い、の、火蓋が切って、落とされる」
「……アルザイ様に聞いたか。そのとおりだ」
肯定。
セリスはラムウィンドスの腕の中で、身を捻って振り返った。
月明かりを背負ったラムウィンドスは、わずかにかなしげに目を細めてセリスを見ていた。
「そのとおり、だとは……」
「アルザイ様が俺を必要としているのは、軍事面での強化が急務だからだ。もちろん、それは戦争の始まりを意味している。おそらく、アルザイ様の頭の中には、イクストゥーラの攻略もあるはずだ」
「そこまでわかっていて!」
「わかっているからこそ、俺は行かないわけにはいかない。事態が大きく動くとき、渦中に飛び込まねば結局何も変えられない。……王子には、姫を残す。予言によって選ばれたあなたがそばにいれば、或いは王子にも勝算があるはずだ」
「一緒にたたかうという道は……」
何か、恐ろしいことが起きる予感があるのに、止められる気が全然しない。
この無力感はいったいなんだろう。
「それはありえない。アルザイ様が俺を必要としているのは、イクストゥーラの剣豪だからじゃない。いまは亡き国の生き残りだからだ。俺のその出自が一番有効に発揮されるのは、仇である対イクストゥーラ戦であって、その逆はない」
こんなに真面目な顔をして話されているのに、ろくに理解が追いつかないのがもどかしい。
亡き王国の生き残り? 仇? 対イクストゥーラ戦?
「わからなくてごめんなさい、わかりたいの。本当にわかりたいの……!」
謝るのも卑怯に思えて、セリスはそこで絶句した。
ラムウィンドスは、セリスの手をそっと持ち上げると、手のひらに唇を寄せて口づけた。それから「うん」と穏やかに肯いた。
「姫の気持ちはわかる。笑って送り出して欲しいとは言わない。ただ、もし叶うことなら、あなたの笑顔を最後の思い出に欲しい」
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