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「本当は、王宮に乗り込んで破談にしてきたかったんだけど。それだけじゃつまらないから、もう恋人もいるって言いたかったの……。ぐうの音も出ないような、完璧な美形の……」
だんだん声が小さくなるのは、アーネストが寒々しい態度をとっているからに違いない。果たして、言い終えたライアに向かって、アーネストは冷ややかに言った。
「浅はかやなぁ」
とりなしてあげたい気持ちはあったが、セリスにもどうにもできなかった。
「アルザイ様はほら……、最初の男かどうかは気にしないって方だから……」
「はぁ!? さりげなく今、えぐいこと言わなかった!?」
アーネストに向けることができなかった矛先がセリスに向いたようだったが、甘んじて受ける。
「実際のところ、アルザイ様は、ライア様ではなく、『イルハンの王女』に婚姻を申し込んでいるわけですから、そこまでライア様の行状に関心がおありかどうかは、わからなくて、ですね」
「で、でも、すでに別の男の子どもを身ごもっていたら妃には迎えられないでしょう!?」
「身ごもる気がおありなんですか」
セリスの一言に、腰を浮かべて身を乗り出していたライアは、座り直して背もたれに背を預けた。
「王宮を飛び出すお姫さんってのは、どうしてこうも考えなしばっかりなんやろな」
恐ろしく聞き捨てならない暴言をアーネストが口にしたが、セリスは気合で黙殺した。
「順当に考えまして、すでにライア様が身ごもられていたとしても、その子は生まれ次第殺されるか、放逐されるか……。アルザイ様にはなんら影響がないと考えられます。大体にして、ライア様がどうなさりたいのか、僕にはよくわかりません。あなたは今、護衛か監視がついているとはいえ、自由の身です。国に帰らなければ、どのような人生も歩めるのではありませんか。イルハンの王女ではなく、一介の旅人として。昨日僕たちに声をかけ、夜通し遊び、いまこうして食事を共にしているように。どうにでも、生きられるのではありませんか」
「私が何をしたいか……? 私が嫁ぐことで、イルハンがマズバルのものになるのが嫌なの。どうせなら、マズバルがイルハンに下るべきよ。でも……砂漠の民同士で争うのは嫌」
「頭ごなしに押さえられるのも、戦って傷つけあうのも、避けたい……なるほど」
セリスはライアの言葉を追い、慎重に検討する。
ややして、ひとり、頷いた。
「僕たちは協力し合えると思います。僕たちの目的をお話します。アルザイ様に戦争そのものを思いとどまらせること。その、最終目的であるイクストゥーラとの戦争が回避できれば、イルハンをおさえる必要性も薄くなるでしょう。少なくとも向こう数年は。というわけで、お願いです。ライア様が、僕たちに協力をしてください」
強く言い切ったセリスを、ライアは推し量るような目で見ていた。
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