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叶わぬ恋を知る
「あの黒装束、アルザイ様の手兵ですね。『精鋭』だ」
「『精鋭』やな。お姫様、完全に黒鷲に目ぇつけられてたんと違う?」
セリスとアーネストは妙に落ち着き払っていたが、ライアはぐっと奥歯を噛み締める。
「まさか、彼らを公開処刑でもして、私を追い詰めようとしている?」
おそらく単独、もしくは数人に分かれて市井に紛れていたはずの護衛が複数見つかっている事実に、ライアはさすがに表情を厳しくする。しかし、セリスはなぜか長閑な調子を崩さず小首を傾げた。
「それは……、どうでしょう。『精鋭』って、練習試合要員ですし。必ずしも殺戮集団ではないと思うんですよね。無闇と処刑じみたことはしないのではないでしょうか」
「何を言ってるのかさっぱりわからないんだけど、まともじゃないのは私? あなた?」
真顔で問い返すと、セリスの背後に立ったアーネストが、無言のままそっと持ち上げた左手の親指でセリスを指し示した。
気づいた様子もないセリスは、表情を引き締めて言った。
「とはいえ、どうしましょう。助けますか? 逃げますか?」
セリスたちには、ライアの関係者を助ける義理はない。それなのに、一応の確認をするのは優しさなのか、それとも。いずれにせよ、アルザイの手の内にいると知って、逃げ切れるとは思わないのだが、逃げるのなら手を貸すとでもいうのだろうか。
「目的は私だとして、狙いは何かしら」
「アルザイ様のことだから、単純にライア様と話してみたくて探しているんじゃないかなって気がします。王女が王宮飛び出して、自分のところまで来ているなんて、面白いですから。ただ、その結果、ライア様との関係性が全然良好なものにならなかったら」
そこで言葉を区切って、セリスはライアにちらりと視線を流す。
「ライア様を暗殺者に仕立てて、大々的に『暗殺未遂』を発表し、一気にイルハンに攻め込むことも考えられますね。アルザイ様は器の大きい方だと思いますが、ご自分に逆らう者にどこまで情けをかけるのかは、僕にはわかりません」
冷え冷えとした言い様だった。ライアは視線を受け止めて、小さく呟く。
「私には、結婚して、マズバルに屈する以外道はないということかしら……」
「お二人の結婚がどれほどの意味を持つのかは、わかりません。僕はただ、ライア様が、ご自分を納得させるために、アルザイ様に会いに来たのだと思っていました。避けられない結婚だとしても、ご自分で決めた結婚にしたかった。そういうことなのかなと」
遠くを見るようなセリスの緑の瞳。頭に巻き付けた布から幾筋かこぼれているのは、銀の髪。まるで伝え聞く月の王のような色合いだ。──まさか。
あらざる考えを否定し、ライアは言葉を探す。おそらく、時間はあまりない。
「あなたは……。あなたは、ずいぶん黒鷲に詳しいのね。まるで、会ったことがあるみたい」
セリスは、答えない。戸惑いが瞳に浮かんでいる。言うべきか、悩んでいる。それがもう、答えだ。
「私は黒鷲に会ったことが無いから、実際どんな方なのか知らないわ。黒鷲だけでなく、私は世界の広さを知らないの。なんていうと、少しは高尚かしら? 私は子どもの頃からずっとわがままで、烈しい性格と言われてきたけれど。本当に、我を失ったことはないの。いつだってきちんと計算していた。だから最後に、本当に、わがままをしてみようと思ったの」
計算づくで生きてきたのは、自分が支配階層の人間だと知っていたからだ。
たとえばあの人が気に入らないと言えば、簡単に命を奪ってしまえる。
思い知っていたからこそ、本当のわがままは口にしなかった。
周りの者が叶えられることしか、言わなかった。
「最後のわがまま?」
セリスに問われて、ライアはにこりと微笑むとセリスの耳に唇を寄せた。
「『恋とはどんなものかしら』」
囁いて、ライアは顔を背ける。旅の途中に見かけて、一目で心をさらってしまった男の姿は見ないようにした。言葉を交わすことができて、彼にもどうにもできない恋心があることを知った。
ライアは、セリスを真正面から見つめた。
(この世には、きっと泣き叫んでも叶わない「恋」がある。それがわかっただけで、十分)
「私が行くわ。護衛がいない状態で市中を歩き回るより、彼らと一緒に王宮に連行された方が安心じゃない?」
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