剣が覚えている

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剣が覚えている

 鋼と鋼のぶつかり合う音が、甲高く響いた。  抜きざまの剣で、おそろしく綺麗に受け止められる。 (やっぱり段違い……)  その辺の使い手とは一線を画す鮮やかさ。  続けざまに打ち合うが、不意打ちにも関わらず、体勢が抜群に安定している。  俊敏でいて、伸びやかな動作。  しかもその男、アーネストの剣筋をいちいち確認するくらいには、余裕がありそうだった。   剣を、足の運びを、呼吸を。  どうせなら全部見せてやるとばかりに。敢えて三年前と重なる動作を織り込みながら、技術的に向上した分は遺憾なく発揮する。  思い出せ、俺をと。  何よりも、剣で。  流れるような動作で剣がぶつかり合い、刃越しに目が合った。 (総長(ラムウィンドス)……!!)  男が、軽く目を見開いた。 「アーネスト。背、伸びたか?」 「あああああああああ、やっぱり、予想はしとったけど、やっぱりか!!」  万感の思いを込めて、アーネストは雄たけびを上げた。  胸の中に渦巻いた激情が木っ端微塵の粉々に打ち砕かれる。  顔を見たら、何を言ってやろうとか、まず殴らせろだとか。三年間熟成してきた思いが全部空振りに終わりそうな異常な虚無感に襲われ、ぐっと両足で地面を踏みしめて堪えた。 「親戚のオッサンか!! 殺し合いしてんで! 緊張感どこいった!!」  アーネストの猛烈な抗議に、男はわずかに首を傾げる。 「手は抜いていないぞ」 「ほー。じゃあ、随分弱なったな。オレ相手に手こずってる場合やの」 「俺は殺し合いをしていたつもりはないからな。その辺かな」  挑発に、男は端正な顔にうっすら勝気な微笑をのぞかせた。  その男、表情に乏しいので誤解されがちであったが、見た目ほどに冷静沈着な人間ではない。 「最近少し体がなまっていたから、腕鳴らしにはちょうどいい。付き合え」 「準備体操で死んだら目もあてられへんで」 「誰が死ぬって? 俺か?」 (そこ、楽しそうな顔をするとこちゃうよな?)  アーネストは呼吸を整える。そして息を大きく吸いこんだ。震えのようなものが全身を駆け抜けていく。本当に、ここでこの男を倒せたら最高やな、と。  息を吐き出して、笑った。 「耄碌(もうろく)してないか確認してやるわ」 「親切だな。感謝する」  完全に挑まれた勝負を買ってしまった男が、遠慮容赦なく先手で剣を打ち込んでくる。  受ける形になって、力で競り合いながらアーネストは至近距離に迫った男に言った。 「眼鏡どこやった。見えてんのか」 「問題ない。アーネストは相変わらず寒気のするほどの美形だと思っていた。耳飾り、似合うな」  目元に笑みを滲ませて、そんなことを言ってくる。  その表情を見たら、不覚にも、胸がいっぱいになった。アーネストはそんな自分に絶望し、忌々しさに舌打ちをした。  剣を引き、距離をとってから、せいぜい嫌味に見えるように笑ってみせる。 「この耳飾りなぁ……。そんなに似合うとる?」 (姫様が手ずから選んでくれたんやで)  喉元までこみ上げてきた入手の由来は、ひとまず堪えて吐き出さないようにした。それなのに、男はなんでもないことのように頷いて言った。 「趣味がいいな。自分に似合うものをよくわかっている」 (ああ……殺したい)  心の底から今日何度目かの本気の殺意が沸き上がってきた。この男だけでなく、いっそ耳飾りを選んだ「趣味がいい人(セリス)」にもまとめて八つ当たりをしまくりたい。 (俺を間に挟んで、そこの二人で「趣味が合う」のを見せつけなくてもいいやろ。それはどんな嫌がらせやねんて) 「いい加減にせぇよ……!!」  再び、剣を構えようとした。そのとき、黒装束の男が、「隊長」と血気盛んな指揮官に声をかける。 「ライア王女です。王宮にお越しになると」
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