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三年の月日
剣をひけと言ったはずの指揮官自ら戦闘行為に明け暮れている間に、話がついていたらしい。
「そうか。アーネスト、少し待っていてくれ」
男は無表情となり、きわめて落ち着いた調子で言った。
「待っ……」
アーネストは絶句してしまい、いつものように啖呵がきれない。
男とはもう上司と部下ではない。
それどころか、緊張感ある二国の軍人同士。
寸前まで切り結んでいたというのに、なぜ「待て」が通用すると思うのか。この図太さは一体なんなのか。言いたいことがありすぎて具合が悪くなる。
(この男……つくづく、強い以外に取り得がないっちゅうに。姫様はなんでこんな奴のこと)
「ライア様。手荒な真似をしてすまない。黒鷲が、あなたが市街にいると聞きつけたらしく、お会いしたいと。王宮までご足労頂けるだろうか」
「本当に、手荒な真似でしたね。こんなところで傷物になったら婚約は破棄しなければならないかと、心配しましたわ」
男のやや慇懃無礼な物言いに対し、ライアは鉄壁の笑顔で皮肉を言った。
「本当に申し訳ない。お怪我は?」
「ありません。私の護衛がしっかり守ってくれましたから」
言いながら、ライアはアーネストの腕に腕を絡めた。
「おい」
低い声で恫喝めいた呼びかけをするも、さらに腕に力を込められ、柔らかい身体を押し付けられただけ。
男は軽く小首を傾げた。
「アーネストが、王女の護衛を?」
ライアは、もの言いたげにちらりとアーネストを見上げた。
「お知り合いかしら」
「昔の……上官」
「あれは、月の国から迎えられたという、太陽の遺児にして黒鷲の側近という男じゃなくて?」
(鋭い姫さんやな。それだけ事情に通じてるなら、俺の素性にも見当ついてるんやろ)
「……ライア様に関しては、なんや。いろいろあってな」
取り繕うのも面倒とばかりにアーネストが言うと、男の顔にはじめて動揺がはしった。
「月……は。いや、お前の他にもまだ人材はいるはずだが。そうか……」
「今更。そんなにあのひとのこと心配するくらいなら、自分で守れば良かったんと違う?」
嫌味ではなく、限りなく本音。
(お前がすべてを捨てて出ていって、三年。姫様がどんな決意のもとにこの日々を過ごしてきたか。王として立ったゼファード様が、どれほど変わり果てたか)
口ほどに物言う目で、アーネストは正面に立つ男を見つめる。
砂漠の乾いた風になぶられる、白金色の髪。瞳は金。紛うことなき太陽を体現したその姿は、月の国にいた頃よりもずっと精悍で、気高い。
そのくせ、口を開けば、「この三年何してたんや」と遠慮容赦なくどつきたくなることを言うのだ。
「とりあえず、アーネスト。メシはすませているのか」
「普通に上司と部下感覚で誘うの辞めてな。腹立つわ」
冷然と返すと、二人を交互に見ていたライアが、小さく吐息した。
「あの男の強烈なズレ方、最近見た気がする……あなたの連れのド天然と……」
「思い出さんといて。組み合わせとしては最悪だってわかってないんや、あの二人」
「あの二人」
ライアがうっすらと苦笑を浮かべた。
それを見て、アーネストもまたにやりと笑う。気を許したような、いたずらっぽい笑み。
間近で見てしまったその笑顔に、ライアが顔を真っ赤にして凝固したことには露程も気付かず、アーネストはライアにだけ聞こえる音量で言った。
「そうそう。セリスとあの男、浅からぬ仲なんや」
そして、ライアの腕をふりほどく。呆然としていたライアはされるがままに置き去りにされた。
「総長、会った方がいい人がここに来てるで」
「俺か? 心当たりが多すぎるな」
「何ふかしてんのか知らんけど、自惚れも大概にせえや。そんな人気あったつもりなんか」
嘯く男を邪険にいなして、アーネストは周囲に集った人々の間に視線を投げる。
見慣れたセリスの姿を探す。
すぐに、見つかると思っていた。何も疑っていなかった。
違和感は、ぐるりと辺りを見回したときに、唐突に胸に湧きおこる。
音が遠のき、足元が揺れるほどの嫌な緊張に襲われる。
(いない?)
それまで片時も離れないできたのだ。
こんなところで見失うとは考えてもいなかった。
この日、わずかな時間目を離した隙に、セリスはアーネストの前から忽然と姿を消してしまったのである。
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