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預かり知らぬ、入れ替わり
ライアに用意された部屋は、貴人にふさわしい豪勢なものだった。絨毯ひとつとっても模様や色使いが見事で、一流の職人が手間と時間をかけて織り上げた一級品であった。
隙なく整えられた調度品をつまらなそうにながめながら、ライアはクッションの積まれた窓際のソファに腰を下ろした。
「……なんだか呆気なかったわ。もっと物凄い緊張の対面なのかと思っていたけど、呆気なかった」
ライアの呟きに、どういう配慮なのか他の護衛を差し置きアルザイにもライアにも入室を許可されているアーネストが、所在投げに棒立ちとなりつつ答える。
「まあ、あんなもんやろうな」
「随分詳しいのね。黒鷲もあなたのことよく知っているみたいだったし」
強い調子で言われて、アーネストは溜息をついて言った。
「そういうわけやないけど。妙な事態になったのは確かやな……」
言い淀んだアーネストを、ライアが軽い手招きの動作で自分の方へと呼ぶ。
声をひそめて話すのがどれほどの効果があるのかはわからないが、それでも無防備に口にするのははばかられる内容を、すぐそばで跪いたアーネストに耳打ちするように尋ねた。
「あなた、月の軍人なのね。それが、イルハンの王女と一緒にいた……。これは月とイルハンが親密であり、黒鷲を出し抜いたということになるのかしら」
青い耳飾りが、小さく揺れた。
「見ようによっては、そうやな」
「黒鷲がわざわざ見に来くるほどあなたを気にしていたのは、それがどの程度月の意志かを探ろうとしていた、ということよね」
「……国際問題や……」
立てた片膝に顔を埋めるように、アーネストはうなだれた。
アルザイがライア出奔の情報を掴んでいたとして、そこに月が絡んでくるのは予想外だろう。ましてこの組み合わせで月に向かうのではなく、マズバルに来るのも解せないだろう。
ここには一つ大きな事実誤認がある。
アーネストが護衛していた人物が、入れ替わっているのだ。
しかしセリスが姿を消してしまっていることもあり、この時点でマズバル側は「入れ替わり」の事実にたどり着いてはいない。
「偶然、とは考えないやろうからな……」
「言っても信じないでしょうね。私だって、あなたたちがまさか月の要人と知っていて追いかけてきたわけじゃないもの」
「ん? 追いかけてきた?」
アーネストが聞き返したが、ライアは思いっきり顔を逸らした。
「なんでもないわ。それはそうと、いいの?」
何が、とは言わずにアーネストはまた沈み込んだ。
放っておいても話が進まないので、ライアは再び言った。
「探しに行かなくて良かったの。大事なんでしょ?」
アーネストはもはや人の形が保っていられないとばかりにその場に胡坐をかいて座りこみ、血を吐くような切なさで言った。
「もう息してるのも嫌や」
「死ぬの?」
「……死なん」
ライアはわざとらしくため息をついて、勢いよく言った。
「ばーっかみたい」
「なんとでも」
渾身の憎らしさで言ったのに、アーネストはうなだれたまま。
泣くのではないかという落ち込みぶりのままで、この美形が泣くなら見てみたい、と一瞬思ったが、考えないことにした。蜜色の髪を撫でてみたい衝動にも駆られたが、ぐっと堪える。
「変な人間に連れ攫われたり、騙されたりしているかもしれないわよ。心配しすぎで具合悪くなるくらいなら、さっさと行けば良いのに。私のことは良いから」
現状、ここまで来てしまったアーネストが簡単に出ていけるとは思わなかったが、言わずにはいられなかった。だが、アーネストは溜息とともに首を振る。それから、座り直して背筋を伸ばした。
「あのひとは……自分の意志で行った気がする。それに、あれで結構悪運が強いんや」
「過保護から逃れて、自由な旅人になりたかったと? 意外ねー。そんな思い切りのある男だとは思わなかったわ」
「誰が。あの人が? オレが?」
問い返されて、ライアは一瞬考えてから「どちらも、ね」と答えた。
「過保護と依存で入り込む余地のないぐずぐずの関係だと思っていた。あなたがセリスのこと、突き放して考えられるのは、少し意外。落ち込み方は見苦しいけど。ふっきれてなさすぎ。それで、セリスは結局何者だったの? まさか、月の王?」
「それ、おもろいな」
アーネストは乾いた調子で言ったものの、調子を取り戻しきれずに深々と溜息をついた。
「あのひとは今、ここにおったら確実にマズイ人で……。本人がそれをわかった上でいなくなったら止められないんや。あーもう、心配しすぎて具合悪なったから、あいつにもおすそ分けしてやりたいんやけど。言ったら最後、あの男は俺どころじゃないことになるから……」
あいつというのが誰を指しているのかはさすがにわかってしまって、ライアはつい聞いてしまう。
「そもそもあの男はあの男で、一体何を考えているの……?」
アーネストはライアに視線を流して、一言、
「知らん」
とぶっきらぼうに言い捨て、骨ばった長い指でぐしゃぐしゃと自分の髪をかきまぜる。
耳飾りが揺れていた。
顔に似合わず無骨な手をしているな、と思ったライアは、その指にはどんな指輪なら似合うのかなとふと真剣に検討してしまった。
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