紫の太陽

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 焦るセリスとは裏腹に、階段をのぼる途上だったらしいその人は、ゆるく首を傾げていた。 「迷子ですか。それとも、旅の巡礼? 神殿の中で祈っていきますか」  純白の法衣に、背を流れるのは艶やかな茶色の髪。額には銀の環。薄く陽に灼けてはいるが、白い肌。 (この人……)  声が似ていたせいで、勘違いをしてしまった。  ゼファードとはまったくの別人。  しかし、どこか雰囲気が似ていた。華やかさは及ばないが、すっきりと鼻筋が通っており、薄い唇が形よくいかにも端正だ。  目が合うと、おっとりとゆるやかに微笑んでくる。  瞳は紫水晶。 「立てますか」  手を差し出されて、動かねば話が進まないと気付き、セリスは速やかに立ち上がる。  階段で、相手の方が一、二段下にいるのに、視線が合う。背が高い。 「大丈夫です。元気です」  セリスがそう言うと、おや、というように紫の瞳を軽く見開く。声や話し方で、男か、女か、一瞬迷ったかのように見えた。しかし、敢えて「男です」と名乗りをあげるのも妙なので、セリスは気付かなかったふりをして、階段の上の方に目を向けた。 「この神殿は……」 「あなたは月の方ですね?」  頭部に巻き付けた布からこぼれる銀の髪に目をとめたのだろう、確認された。セリスは小さく頷いてからその人と向き合う。  妙な親近感があるのはなぜだろう。知らない人なのに。 「申し訳ありません、階段で休んでしまっていて」 「構いませんよ。アスランディアは彷徨う旅人の神。好きなだけ休んでください」 「アスランディア……っ!?」  セリスは今一度肩越しに振り返りながら、階段を後ろ向きで一段下がる。  神殿の全容を視界に収めて、見上げた。 (大きい)  青空を背景に聳え立つ神殿は、堅固な石造りで、昨日今日建てられたようなものでは、ない。 「マズバルは隊商都市として発展する為に、この地を行き交う旅人たちが崇める、異国の神々の神殿をも多く擁しているとは聞いていましたが……」  故郷を離れた旅人たちが、ここで一時の安らぎを得られるように。  数多の神々を受け入れてきた、という。  そういった隊商都市ならではの特殊な事情があるとはいえ、滅びた国の神までもが祀られていることに身震いした。  もっとよく見ようと下がったら、踵が虚空を踏み抜いて、「おっと」という軽い声とともに背中を支えられた。   「後ろ向きは、危ないですよ?」  ふふふふ、と笑い声が頭上から降ってきて、セリスは失礼にならない程度の素早さでその人の腕の中から抜け出す。 「もし(イクストゥーラ)のあなたが、アスランディアの神殿に入るのに躊躇いがあるのなら、ここで聞きましょう。あなたには何か悩みがあるようだ。私は神官のアルスです」
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